2020年9月11日金曜日

『涙香外伝』伊藤秀雄

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三一書房
1995年6月発売



★★★★    正史の「幽霊鉄仮面」にも涙香の遺伝子が





明治探偵小説の専門家・伊藤秀雄による黒岩涙香研究本のひとつ。彼は大正14年生まれで、紀田順一郎や小林信彦よりほぼ一回り上の世代。リラックスして読めるエッセイみたいな側面もあり「明治の小説は文語体だから、読もうにも大変そう」と涙香を今まで読まなかった人にもお薦めできる。残念ながら本書は現行本として入手できないので古書を探さねばならない。




「涙香小伝」

『国立国会図書館所蔵明治期翻訳文学書全集目録Ⅲ』に掲載された、文字どおりのコンパクトな黒岩涙香ヒストリー。


 

 

以下「多摩川随想」までは『日本古書通信』に発表された、涙香に纏わる人達についてのエッセイ。


乱歩邸訪問記

江戸川乱歩と伊藤秀雄の交流は当然涙香文献の情報交換になる訳だが、当時伊藤は推理小説家になりたい願望があって原稿を乱歩に読んでもらうものの、ダメ出しの反応をされた伊藤は若干乱歩にムッとしているような素振りが見える。

 

横溝正史について

正史との接触はなかったのだろうか。「幽霊鉄仮面」を中心とした涙香と正史ジュブナイルとの関係について触れている。

 

吉川英治について

探偵小説以外、つまり時代小説にも涙香の影響が及んでおり、その最たる作家が英治。

 

野村胡堂について

胡堂作品にも涙香調のものがあるが、涙香本蒐集家としての胡堂も忘れてはならない。


 

氷川瓏氏について

本書の中で個人的に最も注意を引いた章。伊藤と氷川のやりとりから次の事が判る。


江戸川乱歩(訳)名義のポプラ社版ジュブナイル「海底の黄金」はボアゴベ「潜水夫」 →  涙香「海底の重罪」を氷川がリライトしたもの。その際使用した原書は米国シーサイド・ライブラリーの一冊である英訳本『The Nameless Man』であった。伊藤によれば涙香「海底の重罪」より氷川「海底の黄金」の方がボアゴベの原作を尊重しているので、面白いのは後者とのこと。


江戸川乱歩名義で出された(別の人間が代作した)ジュブナイル本はいくつも存在するが、そんな場合、代作本に発生する印税は再版分が乱歩の手取りだったという。言い換えるとそれぞれのジュブナイル代作本初版分印税は代作者のものとする方法をとっていたそうだ。

 

快楽亭ブラックについて

吉田精一先生のこと

湯朝竹山人について

吸霞の伝の人/多摩川随想



松村喜雄氏について

ここも重要な章。人付き合いの悪い伊藤を、多忙ながらも業界で名が知られるようアシストしていた松村。伊藤は度々松村に「乱歩伝を書くように」と勧めていたそうだが、松村は徳間書店を相手にかなりつっこんだ乱歩の話をしてテープに録音してあったとも書いてある。これは『乱歩おじさん』とは別の内容なのだろうか?すごく気になる。

 

 
 後半は涙香ゆかりの人々についてのエッセイ・インタビュー。


黒岩菊郎氏について/鈴木たま夫人は語る/鈴木勉氏は語る/大村華子夫人は語る/黒岩善雄氏は語る

 

黒岩涙香ブック・ガイド/黒岩涙香年譜/初出一覧/あとがき




(銀) 数ある黒岩涙香作品の中でも私の最も好きなものは「怪の物」(原作=ドーニイ『小緑人』)。近年の本でこの作が読めるのは『伝奇ノ匣⑦ ゴシック名訳集成 西洋伝奇物語』なのだが・・・out of print 。涙香は読んだらムチャクチャ面白いんで、変に現代語訳になどしていないテキストでもっと現行本が流通してほしい。