2020年3月発売
★★ レアな単行本初収録ものが全集に無いからこそ
痒い処にまで行き届いた解題・解説が求められる
❛捕物帳❜ というのは変なポジションにあって。日本固有のものだからなのか、ミステリーの要素を持ち合わせていながら近現代が舞台である探偵小説と違い、トリック等のオリジナリティーを評論家や読者から「やいのやいの」求められることもないし、他人のネタも使い放題。
第二巻収録分は大日本帝国がきな臭くなった昭和14~16年の作品で、当時「探偵小説は控えろ」という日本人の持病 ❛過剰自粛❜ が蔓延していたのに「人形佐七捕物帳」の中では探偵趣味が罷り通っている。由利・三津木コンビはダメなのにお玉が池の親分ならOKって、なんとも滑稽な話でゲスな。
◎
第一巻では初出の設定を踏まえなかったため、話によって辰・豆六がいたりいなかったり座りが悪い感じを受けたかもしれないが、とりあえず本巻からはふたりともずっと登場する。
新発見のレアもの収録がほぼ無い点で、今回の『完本人形佐七捕物帳』は現在国書刊行会からリリース中の『定本夢野久作全集』と状況が似ている。そんな場合は特に全集の存在意義に解説パートの充実が問われる。『定本夢野久作全集』は月報も付いているのだが、それも含めた本編以外の部分が高額な価格の割にはそれまでの全集・選集と比べて面白くない(最終的な感想は最後の巻が出た時に改めて触れるつもり)。で、本全集はといえば正史の次女・野本瑠美の横溝家回想録と解説・解題の二本立てで進行。
(前巻のレビューで指摘した)本巻に入っている「血染め表紙」は『講談雑誌』に初出掲載された「漂流奇譚」ヴァージョンで収録してほしかったが、予想どおりスルーされた。まあ後者で本編に載せてしまうと内容がホームズでいうところの「最後の事件」であるため、それに呼応する「空家の冒険」的な佐七が帰還するエピソードがなければ不自然だし、そんな話を正史は書いていない。
だから「血染め表紙」ヴァージョンを採った考えはよくわかるが、他のエピソードと違って特殊な事情を持っているんだし、解説頁に「漂流奇譚」ヴァージョンをボーナス・トラック扱いで載せるとか、それも無理なら削除されてしまった文章だけでもせめて光文社文庫版江戸川乱歩全集風に紹介するぐらいのサービスがあってよかったんじゃないか?繰り返し言うが、本全集には単行本初収録となるエピソードが今のところひとつも無い予定なのだから・・・「いわゆる横溝正史研究者にそこまで行き届いた目配りを求めるのが無理な相談だよ」と言われりゃ、そうかもしれないが。
◎
そういえば、前巻を読み終わって自宅のライブラリーに仕舞おうと棚をいじっていたら、1998年筑摩書房版岡本綺堂『半七捕物帳』(全集?)が出てきて、これが本全集の装幀とそっくり。函・ソフトカバーなだけでなく税抜価格が4500円なとこまでなにも先輩・半七の真似しなくてもと笑ってしまった。
(銀) 時局の悪化により正史は人形佐七の連載打ち切りに追い込まれる。その時の連載最後の回が「漂流奇譚」で話は唐突に日本に迫る巨悪の存在を匂わせ、そんな世の中に嫌気がさした佐七一家は江戸を去る・・・というとんでもないフィナーレを迎えるのだ。
今まで単行本に収められた事のない「漂流奇譚」は今回の全集における数少ない目玉のひとつだったのに・・・まったく浜田知明というのは訳に立たない男だ。またその他の春陽堂の本にしても、2020年6月18日当Blogにupした今野真二『乱歩の日本語』が孕む問題について、私以外に中相作『名張人外境ブログ2.0』からも鋭い指摘がいくつも挙げられている始末。氏のブログの7月の投稿を是非ご覧頂きたい。
それは春陽堂だけのせいではないとはいえ、こう立て続けに内容に不満のある本を出されたのではこちらもテンションが下がる。更に更に、本の内容以外でも疑問視したくなるような事が起こり・・・以下、本全集第三巻の記事へつづく。