2024年11月5日火曜日

乱歩の旧友・井上勝喜の足跡を追って

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前回の記事(☜)からのつづき。




井上勝喜。二十代の江戸川乱歩、いや平井太郎が鳥羽造船所に勤めていた時、職場で出会った旧い友人。「二人の探偵小説家」など勝喜をイメージして書かれた作品が存在するぐらい、青年期の乱歩を語る際に欠かすことのできぬ人物だ。彼らの交流は平凡社版『江戸川亂歩全集』の配本が完結する昭和7年あたりまで確認できるのだが、そのあと勝喜の消息がプッツリ途絶えてしまうため、この男の情報をもっと得たいと私は常々洩らしてきた。

 

そこへ今回の『大衆文化』第三十一号に掲載された宮本和歌子の投稿【昭和二年(一九二七)の江戸川乱歩最初の休筆と放浪についてが飛び込んできた。タイトルどおり、この論考の主役は決して勝喜ではない。けれども高知新聞記者としてのキャリアだとか、初めて知る情報が多分に含まれていて、これを見逃す手は無い。よって記事一回分を費やしてでも井上勝喜のことを書き留めておこうと思ったのである。

 
 

まずは『江戸川乱歩年譜集成』『江戸川乱歩推理文庫 第64巻 書簡対談座談』『子不語の夢』『貼年譜 完全復刻版』『探偵小説四十年』より江戸川乱歩と井上勝喜の動きを抽出、二人の年表みたいなものを作り、そこへ宮本和歌子投稿に記されている井上勝喜の新情報を加え、果たして齟齬が無いか検証してみたい(こういう作業は結構嫌いじゃない)。支那ソバ屋の商売や智的小説刊行会の募集など、煩雑になる細かな事柄は省略した。ちなみに『大衆文化』第三十一号にて宮本和歌子が引用している文献に基づく部分にはマークを付けたり色文字で表記する。

 

1 = 高知新聞社史編纂委員会編『高知新聞五十年史』

昭和29年(1954年) 高知新聞社

 

2 = 高知新聞社文化事業局出版部編『高知年鑑 昭和36年版(1961年)』

昭和35年(1960年) 高知新聞社

 

3 = 内田福作編『高知年鑑 昭和31年版(1956)』

昭和30年(1955年) 高知新聞社

 

 

 

 

明治26年(1893年)

1214日 井上勝喜、高知にて誕生。 2

乱歩は勝喜のことを年下だと記述してきたが、「この生年月日が正しければ井上のほうが一歳上になる」と宮本和歌子は言う。 

井上勝喜は高知県立第一中学出身とのこと。 1
また関西大学卒業。 2

 

 

大正6年(1917年)

11

乱歩(平井太郎)、三重県志摩郡鳥羽町の鳥羽造船所に就職。

12

佐藤紅録劇団「日本座」が高知を訪れた折、紅録の野球チームと対戦したのが井上勝喜を中心とする地元のチーム・黒潮倶楽部。 1

関西大学を卒業した井上勝喜だが、この年の暮までは高知に居住していたと思われ、鳥羽造船所に就職して乱歩と知り合うのは翌大正7年の話か?

 

 

大正8年(1919年)

1

乱歩、鳥羽造船所を辞めて上京。

2

乱歩、弟二人と団子坂上にて古本屋「三人書房」を開業。

4

井上勝喜も鳥羽造船所を辞めて上京、「三人書房」の乱歩の住まいに同居。
このあとしばらく乱歩と勝喜の共同生活は続く。

11

乱歩、村山隆子と結婚。


 

大正9年(1920年)

1

井上勝喜、監督として少年野球チーム・白洋倶楽部を率い、徳島に遠征。 3
なぜこの時期、東京にいる筈の勝喜が四国で野球チームの監督をしているのか?

8

乱歩と井上勝喜、レコード音楽会を開催。

10

乱歩、大阪時事新報社の編集記者になるため「三人書房」を廃業して大阪へ。


 

大正10年(1921年)

3月

乱歩、日本工人倶楽部の書記長にならないかと誘われ、再び上京。

4

「三人書房」廃業後も東京に残っていた井上勝喜、日本工人倶楽部の事務員に。
早稲田鶴巻の乱歩の家に勝喜も時々居候。


 

大正11年(1922年)

2

乱歩、日本工人倶楽部書記長を辞任。

7

乱歩失業。大阪守口町に住む父・繁男の家に身を寄せる。
夏以降、いよいよ探偵小説を執筆。書き上げた原稿を森下雨村へ送る。 

12

乱歩書簡控えによると、この頃、井上勝喜は支那・青島にいる。
翌大正122月、勝喜から乱歩へ届いた返信によって、青島で興信所の編輯長をしていたところ横痃(梅毒のような性病の一種)を患い馘になり、金が無く藪医者に治療してもらったのが裏目に出て、青島病院に長期入院中だということが判明。5月位までは動きが取れない様子。





12年(1923年)

3月

乱歩、作家デビュー。「二銭銅貨」が『新青年』に掲載される。

7

乱歩、大阪毎日新聞社広告部に入社。

11

井上勝喜は郷里の高知市に戻っており、乱歩が勝喜へ手紙を書く。
広告の仕事で香川や愛媛に行く予定はあるが、高知までは行く余裕が無いとグチる乱歩。

昭和10年の項で後述する『杉指月集』への寄稿より、勝喜が高知新聞社へ入るのはこの年の後半から翌年にかけてのことだと思われる。



 

大正13年(1924年)

11

乱歩、大阪毎日新聞社を辞め、文筆一本の生活を決意。


 

 

大正14年(1925年)

この年刊行された日本電報通信社編『大正十四年 新聞総覧』(日本電報通信社)に、
高知新聞社編集部員として井上勝喜の名前があると宮本和歌子は言う。

4

乱歩・西田政治・横溝正史・井上勝喜ほか、関西方面在住の者九名で「探偵趣味の会」を結成。勝喜も高知新聞社入社時は地元高知の勤務だったようだが、この頃には同社大阪支局へ異動している模様。

5月

大阪で探偵趣味の会・第二回の集まり。乱歩・井上勝喜、出席。

 

 

大正15年(1926年)

1

乱歩、東京に転宅(牛込区築土八幡町)。

6

乱歩、ラジオ出演のため来阪。それに伴い、井上勝喜と一緒に神戸の横溝正史を訪ねる。

 

 

昭和2年(1927年)

乱歩、3月より一年間ほど休筆して日本各地を放浪。

秋から冬にかけて関西に滞在。大阪に住む井上勝喜を訪ね、文楽などを楽しむ




昭和3年(1928年)

34

乱歩一家、戸塚町に仮住まい。上京した井上勝喜がこの家に暫く滞在する。

 

 

昭和4年(1929年)


5月(『貼雑年譜』鳥瞰図を参照)

乱歩、平凡社版『世界探偵小説全集』にて翻訳者を江戸川乱歩名義で刊行するコナン・ドイルの巻を代訳してもらうため、井上勝喜を大阪から呼び寄せる。


高知新聞創設者の一人である富田幸次郎が明治41年(1908年)衆議院議員に当選した際、その時の東京の住居を高知新聞の東京支局として開設したとの情報(☜)がある。であれば、昭和4年の段階で高知新聞東京支局はそれなりの人員を抱えて稼働している筈。


勝喜は乱歩の要請を受けて、大阪支局から東京支局へと転勤させてもらったのか、あるいは大阪支局の仕事をこなしながら度々上京していたのか、それとも一度高知新聞社を辞めて無職の身で東京にやってきたのか、断定できる資料は無い。昭和4~7年の間、勝喜は乱歩の助手的な仕事を継続的に請け負っており、東京~大阪間で離れてそのようなことを続けるのは些か無理がある。


昭和6年に『江戸川亂歩全集』の仕事を手伝う際、勝喜は平凡社から月給を得ている。高知新聞社から給料をもらいつつ、一方で平凡社より月給を出してもらったら、二重給与になってこれまた問題がありそう。乱歩が勝喜の実入りを気にしている点から考えても、勝喜は一旦高知新聞社を辞めたと考えるのが一番自然に思える。ともあれ勝喜が大阪から東京へ移住したのは間違いないだろう。

8

乱歩、自分名義の短篇「渦巻」を井上勝喜に代筆させる。
昭和6年までの間、博文館の雑誌『朝日』『文藝倶楽部』『講談雑誌』には井上勝喜が創作したと思われる髷物小説がいくつか存在する。勝喜は作家を志したらしいが、自分の力だけではとても生活できない。しかし平凡社版『世界探偵小説全集』におけるドイル/江戸川亂歩(訳)の巻を代訳したことにより、勝喜は一年暮らせるぐらいの収入を得た。

この夏、歩一家は避暑目的で鎌倉に家を借りて過ごし、そこに勝喜も来訪。

 

 

昭和5年(1930年)

8月

乱歩、昔からの旧友である二山久を助手に雇う。平井家に住み込みで月給五十圓。
しかし、翌年1月に口論となって決裂。
では井上勝喜はどの程度の助手だったのか?
『貼雑年譜』のスクラップ記事によれば、のちに二山は報知新聞の記者になっている。

11

乱歩名義の天人社版『世界犯罪叢書 第二巻 変態殺人篇』が刊行。
これも井上勝喜の代作と云われている。

 

 

昭和6年(1931年)

年初

乱歩、平凡社から『江戸川亂歩全集』の企画を持ち込まれ承諾。
井上勝喜を附録雑誌『探偵趣味』の編集者に推薦。
十三ヶ月の間、平凡社から勝喜に支払われた月給は七十圓。

5

井上勝喜、結婚。この時の費用は全て乱歩が負担。




昭和7年(1932年)

2

森下雨村の博文館退社に際し、東京にて「森下雨村氏の会」開催。乱歩、井上勝喜出席。

3

乱歩、全ての連載が終了したのを機に休筆宣言。

5

平凡社版『江戸川亂歩全集』完結。この時点で乱歩の周辺から井上勝喜の情報が無くなる。
 
 

 

昭和8年(1933年)

4

乱歩、博文館を辞め無職となった山本直一を12月まで助手に雇用。
(任意勤めで月給五十圓)
もうこの頃には、井上勝喜との繋がりは完全に消滅してしまっているようだ。

宮本和歌子によれば、この年刊行された『ディスク年鑑』(グラモヒル社)にレコード愛好家として井上勝喜の名前が載っているそうだが、この文献を自分の目で確認しなければ勝喜が高知に帰っているのか否か判断できない。 

 

 

昭和10年(1935年)

この年に刊行された杉指月著・中島成功編『杉指月集』に井上勝喜の寄稿文「杉さんの横顔」があって、その中に「僕が高知新聞社へ入社してから既に十年以上になる」という発言が見つかると宮本和歌子は言う。



昭和16年(1941年)

高知新聞社と土陽新聞社の合併話が持ち上がり、合併協定に際して作成された人事案大綱に体育部長として井上勝喜の名があるとのこと。 1 

 
 

 

昭和38年(1963年)

この年刊行された『高新シリーズ7 土佐人物山脈』には、高知市錦川町在住/元高知新聞記者/井上勝喜(当時六十八歳)の談話が掲載されていると宮本和歌子は言う。







宮本和歌子が今回引用している一連の高知ローカル文献など、よく見つけ出したなと思う。とはいえ、こういう風に一覧にして、乱歩が書き残した井上勝喜の足跡に宮本の新発見情報をひとつひとつ当て嵌めてゆくと、しっくりこない点が多くて頭が痛い。実はワタシ、井上勝喜とは全然関係無く、明治生まれのある人物のちょっとした年表を以前作成したことがあるのだが、様々な資料に点在するデータを拾い上げて年代順に並べてゆくと、どうにも矛盾する箇所が出てくる事を思い出した。昔の人の記憶に頼った発言は必ずしも正しいとは言えないから、ひょっとすると宮本が発見した文献もそうなのかもしれない。





とにかくこれだけ近しい間柄だった乱歩が、自分と勝喜のどっちが年上かを間違えるだろうか?また団子坂で金に困りながら乱歩と同居している筈の勝喜が、同じ時期に四国で少年野球チームの監督をしているとは思えない。文献3は、本来大正6年だったものを大正9年と誤記してしまっていると私は推測する。

更に高知新聞大阪支局勤めをしていた勝喜が、乱歩に呼ばれて三年ほど東京で本職を持たぬ生活を送っていたようだが、一方では昭和10年の文献にて「僕が高知新聞社へ入社してから既に十年以上になる」と書いており、これも辻褄が合わない。あの頃の高知新聞社に三年もの休職制度があったとは考えられないし、仮に昭和4年の段階で一度新聞社を辞めたとして、三年後そう簡単に復職できるかなあ?





という訳で、納得のゆかぬところは多いけれども、とりあえず井上勝喜が高知の生まれであり、高知新聞社員として勤め上げ、音楽・スポーツを好む人物であったことは素直に受け取っておくとしよう。







(銀) 話は『大衆文化』第三十一号に戻るが、今回の内容は楽しめた。このところの研究センターは著名人と乱歩を絡めた企画が目立つけれど、そういうのは要らない。芦辺拓の講演会などやるヒマがあったら、中相作の作る乱歩本に匹敵するレベルの書籍を一冊でも作って頂きたい。








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2024年11月3日日曜日

『大衆文化』第三十一号

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立教大学江戸川乱歩記念 大衆文化研究センター
2024年9月発売



★★★★★  乱歩の未発表小説草稿はまだあった!
       密室殺人をテーマにした「秘中の秘」




立教大学江戸川乱歩記念 大衆文化研究センター機関誌『大衆文化』最新号が出た。今回は通常よりページ数が多く、しかも殆ど江戸川乱歩関連のテーマで占められていて嬉しい。

 

 

これが人生というものであったか  ―江戸川乱歩「毒草」論―

栗原宗吾(立教大学文学部文学科日本文学専修) 

競争する探偵小説  ―「五階の窓」における乱歩の狙い―

茂木杏樹(立教大学文学部文学科日本文学専修) 

初期の地味な短篇「毒草」にしろ、乱歩初の連作もの「五階の窓」にせよ、正面切って語られる機会の少ない作品なので私にはフレッシュに感じる。「芋蟲」ほど鮮烈ではないが、発表当時、乱歩の思惑とは裏腹に政治的イデオロギーの面から妙に評価されたという「毒草」。堕胎作用を引き起こす植物の名称はここでも記されてないけれど、光文社文庫版『江戸川乱歩全集 第3巻 陰獣』748ページ註釈にはそれらしきものが挙げられている。実際食べたらホントに堕胎するのかな?

 

「五階の窓」を取り上げた茂木杏樹にアドバイスをひとつ。今回の論考は執筆背景を各方面から浮き彫りにしていてとても面白かった。ただ、春陽堂書店の本のテキストは今後引用に使わないほうがいい。なにせ、昭和中盤から平成が終わるまでの間に刊行された春陽堂の本は、言葉狩りばかりでなく校訂にも問題がありすぎるからだ。

 

 

旅する乱歩 ~大島・熱海編~

丹羽みさと(武蔵大学助教) 

戦前流行した三原山の投身自殺を分析すると、男女の心中のみならず、男性同士/女性同士の死もあったらしい。頻繁に同性婚がニュースで取り沙汰される令和の現代から見ても一聴に値する話題やね。乱歩と探偵作家達の熱海旅行にて撮影されたフィルム、現物をルサイズで観たい。

 

 

〈資料紹介〉 江戸川乱歩旧蔵書簡にみる乱歩と戸板康二の交流

後藤隆基(立教大学大衆文化研究センター特定課題研究員) 

乱歩からの要請で戸板が『宝石』へ自作を発表するその頃の様子が伝わってくる。
乱歩宛て戸板康二書簡は十八通あり。

 

 

〈研究ノート〉 男たちはなぜ「脱毛」するようになったのか

― 一九八〇年代以降の大衆雑誌をめぐる言説史研究 ― 

勝盛智花(立教大学大学院博士前期課程) 

これのみ江戸川乱歩とも大衆文学とも全く無関係なテーマ。
本号で注目すべき投稿が少なかったら、インテルに所属していた時代のスナイデルと長友佑都のアンダーヘア処理の話をしたいところだけど、今回は書くべきことが多いので割愛。

 

 

 

さて、本腰入れてお伝えしなければならないメインディッシュはここから。

〈資料紹介〉 江戸川乱歩未発表小説草稿「秘中の秘」翻刻と解題

高野奈保(立教大学日本学研究所 研究員) 

乱歩が発表せぬまま手元に保存していた小説草稿は今迄にも度々『大衆文化』へ掲載されてきた訳だが、この期に及んでまだ未知のものが残っているとは思わなんだ。「秘中の秘」と言っても後輩作家へお題を出し回答篇で競作させる目的の出題篇として書かれた昭和33年のアレ(光文社文庫版『江戸川乱歩全集 第21巻 ふしぎな人』収録)ではないし、ル・キュー/菊池幽芳の例の長篇とも関連性の無い、初めて目にする未完作品である。

 

元刑事の主人公はかつて警察に務めていた時の上司から、或る年寄りの資産家をガードする話を持ち掛けられる。その資産家・赤沼重兵エの身の回りには不気味な黒い影法師が出没するというのだ。化物屋敷の如き赤沼邸には鉄の部屋と呼ばれる完全無欠な侵入不可の空間がある。しかし厳重な警護を嘲笑うかのように、曲者は密室の中で脅える赤沼老人の胸に短剣を突き立てて息の根を止めると、跡形も無く消え去った。
 
 

残存しているのは前篇のみ。前後篇の構成で、漠然と『キング』あたりへの発表を考えていたと見られ、翻刻者は昭和117月から昭和143月の間に執筆されたものと推定している。本作は密室トリックを主題に創案したようで、既に登場している人物の誰かが真犯人だと作者は煽っているものの、「悪霊」での大失敗を挙げるまでもなく、自分でアイディアを組み立てた本格ものを乱歩に期待するのは残念ながら難しい。しかもここに翻刻された前篇を読む限り、あの年代に連載していた「少年探偵団」「緑衣の鬼」の影が纏わり付いている印象しかなく、論理的な解決へと導けるかどうか微妙。

 

この「秘中の秘」が物にならないわ、国内の情勢は探偵小説の執筆を締め付けるわで、なんとか本格ものを生みだそうと足掻いていた乱歩も(戦前はひとまず)ギブアップせざるをえない状況を迎える。「秘中の秘」の発表を考えていた雑誌が『新青年』でなくて『キング』というのが寂しい。






(銀) 本日『大衆文化』第三十一号の記事にて私が一番書きたかったのは、宮本和歌子【昭和二年(一九二七)の江戸川乱歩 ― 最初の休筆と放浪について ― 】の中で言及されている乱歩の旧友・井上勝喜の話なのだが、そこに行き着くまで相当の文字数を連ねてしまった。


よって、残りの部分は次回の記事にて述べようと思う。






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2024年11月1日金曜日

『南幸夫探偵小説集』南幸夫

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コロッケ出版
2024年9月発売



★★    ハンドメイド・ラブリー




「南幸夫って・・・・誰ですか?『幻の探偵雑誌5「探偵文藝」傑作選』(光文社文庫)に彼の短篇「くらがり坂の怪」が収録されていたそうですが。」

 

 

「その短篇は既読の筈だけど、内容しかり南幸夫って名前も全然覚えてないねえ。
どれどれ・・・大下宇陀児や濱尾四郎と同じ明治29年生まれ・・・ホンの一瞬、探偵文壇に関わっている履歴アリ・・・ふ~ん。ググッてもあんまり情報出て来ないし、どういう系統の作家か説明しづらいな。『文藝春秋』を立ち上げた頃の菊池寛と交流を持ち、その後『文藝時代』同人として色々書いてるから、佐々木味津三/横光利一/石濱金作/十一谷義三郎とか、あのカテゴリーに属していたのかしらん。」

 

 

「忘れないうち、『南幸夫探偵小説集』の収録内容を紹介しときましょう。」

 

小説

「黙殺の理由」「霊鬼先生の術」「くらがり坂の怪」「けちな小説」

「夏の夜の話」「NOCTURNO CAPRICCIOSO


随筆その他

「クローズ・アップ」「探偵難」「白状」


解説

「横町の迷宮、鏡の都市」

「作品年譜」

 
 

「この本、手作り?文庫サイズで可愛いばかりじゃなく、半透明の保護カバーを外してみると表紙の題箋がなかなか凝ってる。印刷業者に委託せず一冊一冊オレ流で製本してるのかな。このやり方だと手間が掛かって少部数しか作れないだろうなあ。」

 

 

「オレ流って別に落合博満じゃないんですから。でも小説読んだんですけど、はっきり言ってもっと読みたいと思わせるようなポテンシャルはどこにも無いですよねえ。」

 

 

「たしかに。まあ三橋一夫とは方向性が違うけどさ、庶民生活の微妙な機微を好む人にはそこそこ受け入れられるんじゃないの?小説がダルいのはさておき、解説や作品年譜がしっかりしていて南幸夫の経歴を一望できるのは助かる。昭和2年になると『文藝時代』が終焉を迎えて、南は故郷の和歌山に引っ込んじゃうし、それで文壇から忘れ去られてしまったのかも。」

 

 

「そういえば、この本の奥付には〝編集発行 コロッケ出版〟としかクレジットされていませんね。」

 

 

「コロッケ出版は『龍膽寺雄を読む本』という本も出してるんだ。
龍膽寺雄研究の同人出版といえば、四年前に『龍膽寺雄の本』(☜)を出した『夜泣き』編集部の鈴木裕人を思い出さないかい?雑誌『夜泣き』は終刊になったけど、このコロッケ出版がどうやら彼の新しいレーベルみたいで、『南幸夫探偵小説集』も十中八九鈴木の仕事に違いないよ。それにしても本書解説の執筆者名がつい見落としそうなぐらい小さな文字になっていたり、なぜそこまで自分の存在を隠したいんだろう?」

 

 

「さあ、すっごく繊細な人なんでしょうよ。
ん?あっ、そうか。龍膽寺雄は新感覚派なんて云われてて、まんざら『文藝時代』の作家達とも遠からぬ存在ですもんね。鈴木氏の興味があのグループに向けられているのなら、龍膽寺雄に次いで南幸夫の本を出すのも納得がいきます。」

 

 

 

(銀) 隙間を狙った探偵小説の復刊もとうとうここまで来たか・・・と思う。鈴木裕人が探偵小説の本を出すとは予想だにしていなかった。私が『龍膽寺雄の本』の記事でピックアップした龍膽寺の短篇も底本さえ揃えば是非書籍化してほしいけど、あの辺は好みじゃないのかな?






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2024年10月30日水曜日

『森下雨村犯罪実話集』湯浅篤志・編

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ヒラヤマ探偵文庫 35
2024年9月発売



   犯罪レジュメを読まされてもね・・・




本書に収められている森下雨村の犯罪実話とほぼ同じ頃、牧逸馬が海外の素材を元にした実話物を積極的に執筆しており、「世界怪奇実話」というタイトルなのだが、あちらは意外とニーズがあったのか昭和のみならず平成になっても何度か再発されていて、御存知の方も少なくない筈。一方、記録文学叢書『カスパー・ハウゼル 泰西天一坊伝』のような著書は出していたものの、(森下岩太郎名義ではない)森下雨村の犯罪実話が単行本に入るのは初めてのような気がする。

 

 

名探偵マセの活躍 「死体を無くした男」

殺人鬼伝 「冷酷無情 カザリン・ヘーズ」

「コンスタンス・ケント事件」

猟奇夜話 第一夜「鼠を飼う死刑囚」

猟奇夜話 第二夜 第三話「十五萬ポンドの頸飾」

猟奇夜話 第四話「実説 噫無情」

 

 

ノンフィクションの事件を描いた作品として甲賀三郎「支倉事件」や山本禾太郎「小笛事件」は一定の評価を受けている。あの二長篇はワンテーマに単行本一冊分の紙数を費やしているから、それなりのクオリティーを求めても問題無い。だが、本書の犯罪実話はどれも事件発生から解決までを短く簡潔に要約しているだけで、【場面ごとのうねり】【登場人物達が交わす会話の妙】など小説を楽しむのに欠かせない大切な要素を放棄しているため、言い方は悪いが新聞やネット記事を読んでいるのと大差ない。本書の制作者は「だって小説じゃないもんね」と反論するだろうし、実際そのとおりかもしれないが、これは無味乾燥な一種の犯罪レジュメだ。

 

 

「コンスタンス・ケント事件」は海外ミステリの定番作品であるウィルキー・コリンズ「月長石」やヴァン・ダイン「グリーン家殺人事件」の構想に少なからず影響を与えている〟と雨村は述べる。要するにこういうものは〝探偵作家が頭の中でアイディアを捏ね上げる際、有効な資料として意味を持つ〟と言いたいのだろう。ごもっとも。この中で印象に残る事件を強いて挙げるとするなら、現実の出来事なのに複雑怪奇な展開を見せる「実説 噫無情」かな。

でもこの書き方じゃ、あまりに中身がスカスカで感情も潤いも無く、読む側は全然楽しめない。ストレートに実話を文章化するのではなく、材料を上手く活用して一作でも多く自分の創作探偵小説を書いたほうがずっとプラスになったのに。




いつも言っているとおり犯罪実話(探偵実話)と創作探偵小説は全く別個のものであって、ごく一部の例外を除けば、読んだところでたいして面白くもない。森下雨村という人は天才型探偵の推理ではなく、足でコツコツ捜査して謎を解いてゆくスタイルが好みなのは私も承知している。彼の取り上げた猟奇的犯罪は、当時の日本に流れていたエロ・グロ・ナンセンスの風潮とも合致するとはいえ、「玉の井八つ切り殺人」(昭和7年)を思わせるグルーサムな事件にそこまで雨村が関心を抱くイメージを持っていなかったから、その点については「へえ~」と思った。





(銀) 森下雨村が書いた実話物だから面白くないと言っているのではない。実話物それ自体が面白くないのだ。江戸川乱歩を見よ。横溝正史を見よ。一度として彼らは実話になぞ手を出さなかったではないか。






■ 森下雨村 関連記事 ■





























 


2024年10月27日日曜日

『江戸川乱歩トリック論集』江戸川乱歩

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中公文庫
2024年10月発売



★★★  本格長篇で成功を収められなかった乱歩の副産物





私はこのBlogを、「自分の持っている本を売ったらいくら儲かるか」、それしか頭にない底辺のミステリマニアなオッサン連中とは何の関わりも無い、「X」なんてものに無駄な時間を浪費することなく静かに読書を楽しんでいる人達に見てもらいたくて、随時更新している。

だから気になるのだが、国内外のミステリ作品に用いられた各種トリックのみを抽出、それらをあたかも見本市のごとく並べて見せる評論書が発売されて、「読んでみようかな」と思う一般層の読者が今時どれぐらいいるのか、見当も付かない。例えば、ミステリ小説を二十冊未満ぐらいしか所有していない人が、江戸川乱歩のネームバリューに頼りつつも本書に興味を持ってくれるだろうか?中公文庫にしてはやや専門性の高い内容なので、つい考えてしまう。





この本は 【類別トリック集成】そして 【探偵小説の「謎」】をベースに、過去のどの乱歩本とも異なる自の編集がされており、【資料】篇以外の底本に使われているのは光文社文庫版『江戸川乱歩全集』/河出文庫版『江戸川乱歩コレクション』(全六巻)/講談社版『江戸川乱歩推理文庫の三種だ。『江戸川乱歩推理文庫』なんて底本にするにはあまり相応しくない粗い仕上がりなのだが【トリック各論・補遺】 【トリック総論】の二章は乱歩生前の著書に入っていない随筆が含まれ、また光文社文庫版『江戸川乱歩全集』に収録の随筆が少なからず存在するため、『江戸川乱歩コレクション』及び『江戸川乱歩推理文庫』から適宜補填している模様。

 

 

なにしろ仕込まれたトリックだけでなく、場合によっては犯人の正体まで明かしているのだし、ここにピックアップされた作品をこれから読もうと楽しみにしている人達にとってはネタバレのオンパレードでしかない。とはいえ、世の中そこまで目くじら立てて文句を言う人がいる訳でもなく、トリックを指標としたミステリガイドックとして利用することもできる。【類別トリック集成】 【探偵小説の「謎」】もトリックに対する知識の有無に関係なく私はあれこれ楽しめるけれども、初めて本書でお読みになられた方、如何ですか?

 

 

トリックの紹介ばかりでなく、Ⅱ【探偵小説の「謎」】における「スリルの説」の章は、スリルというものが探偵小説を成り立たせる大事な要素のひとつであることを解り易く論じていて役に立つ。以前私は園田てる子『黒い妖精』(☜)の記事にて、「探偵小説ではないのに何故か読ませてしまうsomethingがある」と述べた。どうしてそう思ったのか、乱歩の文章を読んでいると「なるほどな」と腑に落ちるし、非探偵小説で面白いものに出会った時、何故自分はその作品に引き込まれたのか、分析の手助けにもなる。

 

 

「スリルの説」の章にはもうひとつ、着目すべき箇所あり。時々乱歩は文豪ドストエフスキーについて言及することがあるのだが、本章にて触れている「カラマゾフの兄弟」序盤の決闘シーンがいたくお気に入りのようで、或るセリフなどは自らの長篇「吸血鬼」冒頭での岡田道彦と三谷房夫決闘の場面にそっくりそのまま引用されているのが、乱歩作品をよく読み込んでいる人ならすぐ分かるはず。乱歩ファンだったら、やっぱり一度はドストエフスキーも読んでおかなければならない。

 

 

最後に【資料】篇。乱歩と横溝正史、昭和24年の対談は良いとして、乱歩の没後に中島河太郎と山村正夫が「類別トリック集成」のフォーマットに則り、新しく「トリック分類表」を作成しているのだが、これが新保博久・解説の指摘どおり個々の説明がくどくなってしまい、煩わしい事この上ない。「トリック分類表」は乱歩本人が関わっていないボーナストラック的扱いであれ、オリジナルの「類別トリック集成」が読み易く書かれているその証左にはなっても、ごく普通の読者からすれば蛇足だったか。





本書の帯には「トリックは無限にある。心配することはない。」という乱歩の言葉(392頁)がデカデカと引用されている。結果的に戦後の乱歩は、切れ味鋭いトリックを活かした本格長篇で大成功を収めることができず、日本の探偵小説界も終戦直後に横溝正史/高木彬光/角田喜久雄が一瞬本格の風を起こしてみせたけれど、その後はなんとなく尻窄みになってゆき海外ミステリとの差を縮める程の成果は生み出せなかった。 

 

 

 

(銀) 1014日の記事にて、本書と同じ中央公論新社の新刊『下山事件~封印された記憶』(☜)を取り上げた。下山事件に踏み込む新刊を今出すなら、日本の探偵作家が下山事件に言及している座談会や各人のエッセイを纏め、あの時代彼らが一人一人どんな見解を示していたか、詳らかにする書籍も一緒に刊行してくれると嬉しかった。


でも江戸川乱歩関係の書誌・文献データはwebサイト『名張人外境』で長年中相作氏が調査してくれているからそれを参照すればいいが、他の作家がどの文献で下山事件について発言しているかは不明な部分が多く、一点ずつ資料を見つけ出してゆくとなるとハードルは高い。さりとて、これがもし一冊の本になったら、他に類を見ないものになるのは間違いない。






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2024年10月23日水曜日

『のすたるじあ』城昌幸

NEW !

創元推理文庫
2024年10月発売



★★★★  丁寧な本作りと「怪談京土産」の魅力




今回、桃源社版(昭和37年刊)に数篇増補した『みすてりい』、そして牧神社版(昭和51年刊)に数篇増補した『のすたるじあ』、この二冊を藤原編集室が編纂、創元推理文庫が同時発売する件につき、事前新刊情報を目にして感じたことは先日述べたとおり。
(下記のリンクをクリックして参照されたし)

 

『夢と秘密』城昌幸  ★★★★  ダブリが多い城昌幸の短篇集 (☜)

 

当Blogではこれまで城昌幸の記事をいくつかupしており、
桃源社版『みすてりい』は既に紹介済みなので、本日は『のすたるじあ』を軸に話を進めてゆきたい。

 

 

創元推理文庫版『のすたるじあ』収録内容

 

 のすたるじあ

「大いなる者の戯れ」「ユラリゥム」「ラビリンス」「まぼろし」「A Fable

「光彩ある絶望」「燭涙」「エルドラドオ」「美しい復讐」「復活の霊液」

「斬るということ」「蒸発」「哀れ」「郷愁」

解説 星新一

 

 その他の短篇

「今様百物語」「シャンプオオル氏事件の顛末」「東方見聞」「神ぞ知食す」

「死人に口なし」「吸血鬼」「書狂」「他の一人」「面白い話」「三行広告」

「間接殺人」「うら表」「憂愁の人」「夢見る」「怪談京土産」「白夢」

「2+2=0」「はかなさ」

 

日本の探偵小説でも城昌幸や渡辺温など、掌編小説形式を用いた作品が高く評価されている作家はいるが、「ショートショート」という呼び名から真っ先に連想するのはやっぱり星新一かな。高校の時、同じクラスの奴が星の何かの文庫を貸してくれたのだけど、その書名を覚えていないぐらいそっち方面にはとんと疎く、戦後SF系「ショートショート」といったらシュールな世界観/ブラック・ユーモアを頭に思い浮かべる程度の知識しかない私だ。

 

 

本書の中で牧神社版『のすたるじあ』に該当する【  のすたるじあ】のページ数は全体の半分にも満たず、全345頁のうち127頁。冒頭の「大いなる者の戯れ」「ユラリゥム」は筋らしい筋も無く詩的な空想世界の表出。できればどんなに短くとも、物語性を提示してくれたほうが自分にはフィットするね。そういえば昔、知人と交わした雑談の中で〝『のすたるじあ』って城昌幸が亡くなる直前に出した本だから、入ってるのは晩年の作品なんだろ?〟とその相手が口にした言葉に釣られて、私もそう思い込んでいる部分があった。ところが巻末にある初出データを見てみたら意外にそうでもなく、戦前に発表されたものも多く含まれている。

 

 

「斬るということ」は江戸時代が舞台(タイムスリップではない)。星新一は初刊時の解説にて(本書124127頁)〝城さんの作風のはばの広さを示しており、この名人芸にはただただ感心させられる〟と持ち上げているものの、逆にこれだけ浮いてしまってマイナスな意味での違和感しか残らない。どうも【  のすたるじあ】は都会的だったりスタイリッシュなテイストが控えめな作品が並んでいる印象を受けるし、文庫増補分にあたる【  その他の短篇】に属している作品のほうに良さを感じる。

 

 

【  その他の短篇】には単行本初収録作も含まれ、「今様百物語」「うら表」「夢見る」「白夢」「2+2=0」「はかなさ」がそれにあたる。城昌幸作品にも上段で述べた「ショートショート」の代名詞みたいなシュールな世界観/ブラック・ユーモア的要素は点在しているが、個人的に本書の中で最も惹かれたのは、七頁に亘りひとつの改行も無く文字を連ねながら祇園で出会った舞妓への慕情を描く「怪談京土産」。〝【  のすたるじあ】には都会的/スタイリッシュな味が足りない〟と言いつつ、酒を嗜む壮年男性のウエットなストーリーを推すのもなんか矛盾しているように思われそうだけど、これは好き。

ほんの僅かな枚数の中で、戦時下における舞妓との出会い、国策によって彼女達の仕事が許されなくなってゆく様子、敗戦後の奇妙な再会まで、旅先で出会った若い京おんなへの思慕がコンパクトな流れで綴られているのが素晴らしい。

 

 

この度刊行された文庫版『みすてりい』『のすたるじあ』共に初出一覧データが詳しく記されていて、それぞれの短篇が作者生前のどの単行本に収録されていたかも一目で分かる。『のすたるじあ』の巻末にある夕木春央という人の解説は一読者の思い入れ吐露にすぎないが、長山靖生の『みすてりい』解説はベテランらしい的確な文章だし、城の改稿癖にも言及。今回の文庫二冊で初めて城昌幸に接する方は、何はなくともまず『みすてりい』からどうぞ。

 

 

 
(銀) カバーデザインの面でも『のすたるじあ』より『みすてりい』のほうが断然出来は上。創元推理文庫は四年前『菖蒲狂い~若さま侍捕物手帖ミステリ傑作選』を出しているとはいえ、果して「若さま侍」の固定客が本書のような城のショートショートに興味を持つだろうか?またその反対に、ショートショート探偵小説を好む人達は「若さま侍」を手に取ってくれるかな?私の見立てでは、この二つの客層は殆ど分離しているような気がする。

 

 

 

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