2021年1月25日月曜日

『モダニズム・ミステリの時代』長山靖生

2019年8月26日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

河出書房新社
2019年8月発売



★★★★★   評論とアンソロジー、セットでの表現 ①



◙ 探偵小説とは、近代戦争が発生するところまで文明が進化してきた時代だからこそ誕生したものだと、ある作家がそんな意味のことを云っていた。

 

 

大正~昭和のモダニズム小説をいわば准・探偵小説として捉え、江戸川乱歩・小酒井不木・甲賀三郎ら、すなわちプロパーな探偵作家の作品と同じ俎上に載せ、双方の価値を等しく鑑みて戦前日本の尖端文化を論じる。本書と同時発売されるアンソロジー『モダニズム・ミステリ傑作選』、この二冊における隠れテーマは『新青年』に代表される探偵雑誌ではなくて、戦前に新潮社が出していた文芸誌『文學時代』だ。詳しくは本書第10章を見よ。

 

 

・・・論理的ナ謎解キダケガ、探偵小説ヲ読ム楽シミデハナイ・・・

 

 

◙ 感触としては野崎六助『日本探偵小説論』に近い。プロレタリア的感情を秘めつつ、野崎は探偵小説側へ准・探偵小説を適宜取込みながらの論述だったが、本書は逆に准・探偵小説が隠し持つ魅力を啓蒙するため、プロパーな探偵小説をサンプルとして引用している。ここでのメイン・キャストは川端康成・稲垣足穂・佐藤春夫・堀辰雄・横光利一達。

 

 

全体の感想から書くと、面白くとても勉強になった。やっぱり長山靖生はあちこち寄り道せずにSF科学小説とかモダニズム探偵小説とか、こっちの世界け才能と時間を費やしてほしい。〝ロボット〟の章で海野十三・平野零児と一緒にフェザンディエの日本における翻訳作をサラリと示すあたりはさすが。

 

 

とはいうもののMr. 怪談/東雅夫を追うように、最近の長山までが文豪ものに手を出すのはどうしたものか? 私からすると教科書に載っている文豪なんて今更ビートルズやストーンズを聞かされるようなものだし、東や長山には彼らにしか扱えないようなもっとマイナーでマニアックな作家を本にしてもらいたいのだ。

 

 

◙ 本書の中でいうと横光には一目置くとして、龍膽寺雄・高田義一郎・石濱金作・大泉黒石は気になる。最近文豪ネタの新刊はよく見るが、プロレタリア作家の書いた短篇探偵小説を集めたアンソロジーって意外と誰も作ろうとしないな。

 

 

宇野浩二など文体を乱歩・正史に丸パクリされるほどの人なのに、探偵趣味を含む作品を集めた文庫が一冊も出ないのは、作中の人物達がたとえビザールな考えを頭の中に持っても、実際それを行動に起こさないからなんだろうか? 乱歩の「押絵と旅する男」とて、凌雲閣の上空から遠眼鏡で〝恋する対象〟を発見しなかったら話は動き出さない。発明であれ犯罪であれ恋愛であれ、小説の中でビザールなアクションが起きなければ探偵小説とはなりにくい。

 

 

・・・長山靖生ニハ、藤元直樹・會津信吾ト組ンデ『蘭郁二郎全集』ヲ作ッテホシイ・・・




(銀) 評論とアンソロジーをセットでリリースするアイディアって長山靖生からの提案? 本書は面白かったけれどこういう感じのテーマはもう腹一杯なので、次の長山の仕事はこちらの予想を裏切るような切り口のものを望みたい。小鳥遊書房の本も、もっとフリーキーな作家を扱ってくれないですかね?