2024年11月3日日曜日

『大衆文化』第三十一号

NEW !

立教大学江戸川乱歩記念 大衆文化研究センター
2024年9月発売



★★★★★  乱歩の未発表小説草稿はまだあった!
       密室殺人をテーマにした「秘中の秘」




立教大学江戸川乱歩記念 大衆文化研究センター機関誌『大衆文化』最新号が出た。今回は通常よりページ数が多く、しかも殆ど江戸川乱歩関連のテーマで占められていて嬉しい。

 

 

これが人生というものであったか  ―江戸川乱歩「毒草」論―

栗原宗吾(立教大学文学部文学科日本文学専修) 

競争する探偵小説  ―「五階の窓」における乱歩の狙い―

茂木杏樹(立教大学文学部文学科日本文学専修) 

初期の地味な短篇「毒草」にしろ、乱歩初の連作もの「五階の窓」にせよ、正面切って語られる機会の少ない作品なので私にはフレッシュに感じる。「芋蟲」ほど鮮烈ではないが、発表当時、乱歩の思惑とは裏腹に政治的イデオロギーの面から妙に評価されたという「毒草」。堕胎作用を引き起こす植物の名称はここでも記されてないけれど、光文社文庫版『江戸川乱歩全集 第3巻 陰獣』748ページ註釈にはそれらしきものが挙げられている。実際食べたらホントに堕胎するのかな?

 

「五階の窓」を取り上げた茂木杏樹にアドバイスをひとつ。今回の論考は執筆背景を各方面から浮き彫りにしていてとても面白かった。ただ、春陽堂書店の本のテキストは今後引用に使わないほうがいい。なにせ、昭和中盤から平成が終わるまでの間に刊行された春陽堂の本は、言葉狩りばかりでなく校訂にも問題がありすぎるからだ。

 

 

旅する乱歩 ~大島・熱海編~

丹羽みさと(武蔵大学助教) 

戦前流行した三原山の投身自殺を分析すると、男女の心中のみならず、男性同士/女性同士の死もあったらしい。頻繁に同性婚がニュースで取り沙汰される令和の現代から見ても一聴に値する話題やね。乱歩と探偵作家達の熱海旅行にて撮影されたフィルム、現物をルサイズで観たい。

 

 

〈資料紹介〉 江戸川乱歩旧蔵書簡にみる乱歩と戸板康二の交流

後藤隆基(立教大学大衆文化研究センター特定課題研究員) 

乱歩からの要請で戸板が『宝石』へ自作を発表するその頃の様子が伝わってくる。
乱歩宛て戸板康二書簡は十八通あり。

 

 

〈研究ノート〉 男たちはなぜ「脱毛」するようになったのか

― 一九八〇年代以降の大衆雑誌をめぐる言説史研究 ― 

勝盛智花(立教大学大学院博士前期課程) 

これのみ江戸川乱歩とも大衆文学とも全く無関係なテーマ。
本号で注目すべき投稿が少なかったら、インテルに所属していた時代のスナイデルと長友佑都のアンダーヘア処理の話をしたいところだけど、今回は書くべきことが多いので割愛。

 

 

 

さて、本腰入れてお伝えしなければならないメインディッシュはここから。

〈資料紹介〉 江戸川乱歩未発表小説草稿「秘中の秘」翻刻と解題

高野奈保(立教大学日本学研究所 研究員) 

乱歩が発表せぬまま手元に保存していた小説草稿は今迄にも度々『大衆文化』へ掲載されてきた訳だが、この期に及んでまだ未知のものが残っているとは思わなんだ。「秘中の秘」と言っても後輩作家へお題を出し回答篇で競作させる目的の出題篇として書かれた昭和33年のアレ(光文社文庫版『江戸川乱歩全集 第21巻 ふしぎな人』収録)ではないし、ル・キュー/菊池幽芳の例の長篇とも関連性の無い、初めて目にする未完作品である。

 

元刑事の主人公はかつて警察に務めていた時の上司から、或る年寄りの資産家をガードする話を持ち掛けられる。その資産家・赤沼重兵エの身の回りには不気味な黒い影法師が出没するというのだ。化物屋敷の如き赤沼邸には鉄の部屋と呼ばれる完全無欠な侵入不可の空間がある。しかし厳重な警護を嘲笑うかのように、曲者は密室の中で脅える赤沼老人の胸に短剣を突き立てて息の根を止めると、跡形も無く消え去った。
 
 

残存しているのは前篇のみ。前後篇の構成で、漠然と『キング』あたりへの発表を考えていたと見られ、翻刻者は昭和117月から昭和143月の間に執筆されたものと推定している。本作は密室トリックを主題に創案したようで、既に登場している人物の誰かが真犯人だと作者は煽っているものの、「悪霊」での大失敗を挙げるまでもなく、自分でアイディアを組み立てた本格ものを乱歩に期待するのは残念ながら難しい。しかもここに翻刻された前篇を読む限り、あの年代に連載していた「少年探偵団」「緑衣の鬼」の影が纏わり付いている印象しかなく、論理的な解決へと導けるかどうか微妙。

 

この「秘中の秘」が物にならないわ、国内の情勢は探偵小説の執筆を締め付けるわで、なんとか本格ものを生みだそうと足掻いていた乱歩も(戦前はひとまず)ギブアップせざるをえない状況を迎える。「秘中の秘」の発表を考えていた雑誌が『新青年』でなくて『キング』というのが寂しい。






(銀) 本日『大衆文化』第三十一号の記事にて私が一番書きたかったのは、宮本和歌子【昭和二年(一九二七)の江戸川乱歩 ― 最初の休筆と放浪について ― 】の中で言及されている乱歩の旧友・井上勝喜の話なのだが、そこに行き着くまで相当の文字数を連ねてしまった。


よって、残りの部分は次回の記事にて述べようと思う。






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