2021年1月26日火曜日

『モダニズム・ミステリ傑作選』長山靖生(編)

2019年8月30日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

河出書房新社
2019年8月発売



★★★    評論とアンソロジー、セットでの表現 ②



 M2

「長山靖生も河出も、評論(『モダニズム・ミステリの時代』)とアンソロジー(本書)を一緒に出すとは攻めてますね。」

 

 

 M1

「ああ。『モダニズム・ミステリの時代』はためになったけど、でも探偵作家と非・探偵作家の 作品を同列に収録したこのアンソロジー『モダニズム・ミステリ傑作選』は残念ながらもうひとつだった。戦前のモダニズムをあらゆる角度から照射してみようとする意欲は買う。ただ、ミステリ的な内容として扱うとなると、今回セレクトされた非・探偵作家の小説はお行儀よく見えてしまって、発想も表現もやっぱり探偵作家に負けちゃうんだよね。」

 

 

 M2

「探偵作家は海野十三・小酒井不木・甲賀三郎・夢野久作・江戸川乱歩の五人ですか。」

 

 

 M1

「乱歩の【妖虫】は三頁しかないエッセイだから置いといて、海野十三【三角形の恐怖】も小酒井不木【鼻に基く殺人】も犯罪動機はなんじゃそれ!レベルなんだけど、そのトホホっぷりさえ サスペンスへ強引に持っていく力技は探偵小説の味でさ。甲賀三郎【発生フィルム】はあれだ、『熱海の捜査官』ていうドラマの中で映像を映したカセット・テープが出てきたけど、その逆パターンだわ。」

 

 

 M2

「そうですかあ?【猟奇の街】の佐左木俊郎は本来プロレタリア/農民文学の人なのに探偵小説の著書もあって、本書の中では唯一、ちょうど中間の立場ですね。富裕層への怨念が濃いな~。夢野久作【怪夢】もプロレタリア寄りな話。本書にトリックどーのこーのを求めちゃ、野暮ってものです。」

 

 

 M1

「冒頭の五頁しかない正岡蓉【ころり来る!】はポオやマルセル・シュウォッブ風ったら褒め過ぎだけど導入部としては合格。浅草十二階を住処にした【手をつけられない子供】の堀辰雄はサナトリアム以外にこういうのも書いてるんだな、という発見は一応ある。【ウォーソンの黒猫】の萩原朔太郎もそうだけどショックな部分があるといいんだが。この作だと、撃たれても死なない黒猫の描き方とかね。尾崎士郎【幻想の拷問室】も大陸ものの井東憲【魔都の秘密地図】も雰囲気一発以上のSomethingはなかったな。」

 

 

 M2

「横光利一【マルクスの審判】は濱尾四郎みたいな法廷劇か? と盛り上がりかけたんですけど、自分の判決に悩む判事の、エンディングで辿り着いた結論の根拠が〝 社会主義のせいだ!ってなるんで椅子から落ちそうになりました。【奇怪なる実在物】の富ノ澤麟太郎という人は初めて読んだかも。」

 

 

 M1

「モダニズムのテーマには合ってても探偵小説読者は安西冬衛みたいな散文詩を読みたい訳じゃないと思うんだ。そこが難しいところで、編者にとっては渾身のセレクトなんだろうけど、この本を読んで感じるのは、探偵作家も非・探偵作家も同じ時代に執筆していて、共通するモダニズムの色を纏っているような考えに陥りがちなんだが、語り口の妙とか読者に与えるショック度/情感には、探偵作家にしか書けない ❛ 独特な何か ❜ があるって事さ。

 

探偵小説は流行していたけど、同時にいかがわしいもんとして白眼視されてた時代だからね。非・探偵作家がミステリっぽいものを書いていたって、それはたまたまだったり一時的なもんでしょ。文豪みたいな大家よりも、知名度が低かったりどこか虐げられた感を持っている作家のほうが探偵趣味に近いものを持ってて、読んで面白かったりするんだ。モダニズムの範疇には入らないかもしれないけど犯罪歴のある倉田啓明とかさ。なんにせよ探偵作家と非・探偵作家の間には深くて暗い河があるんだな、と。」

 

 

 M2

「野坂昭如みたいなこと言ってオチにしないで下さいよ。僕はこれでも長山氏を応援してるんですから。」




(銀) 昨日の記事で褒めた『モダニズム・ミステリの時代』だが、あの評論をアンソロジーの形でも表現する試みは面白いと思うしマイナー作家で渋いところを狙っているのも十分理解できるけど、自分的にはそこまで作品に耽溺しにくいセレクションだった。



この半年、Amazonに約10年間投稿したレビューをBlogへ掲載する作業を毎日続けていると、2000年以降マニアックな探偵小説新刊書籍の出る数が圧倒的に増え、更にその上古書まで読み耽っているのだから、いつの間にか私はなまじっかなものでは感心できぬ横着な読み手になってしまっている。