2022年4月30日土曜日

『黒い妖精』園田てる子

NEW !

東京信友社
1960年6月発売



★★★★   探偵小説ではないのに、つい読んでしまう




園田てる子については2022年1月31日の記事(『夜の肌』)にて簡単に説明した。今回取り上げる「黒い妖精」という作品も探偵小説と呼べる内容ではない。ふつう単行本は付属している帯に「売り文句」が躍っているものだが、この本はカバー上にそれが印刷してある。参考までに紹介しておこう。

〝 恐るべき情事の繰返しが女の魔性をとらえ、限りなき情欲の世界をさまようという問題の長篇! 〟

わかるようでイマイチ意味がよくわからん売り文句。新垣結衣が出ている例のビールのCM「日本のみなさん、おつかれ生です」ほどダサくはないけども。(あのコピーを作ったコピーライターと、それにOKを出した担当者の言葉のセンスを疑うね)
 


                   

 


東興物産・人事課のタイピスト笠原由美は、同社の販売課長・白根悟郎と秘かに関係を持って一年になる。悟郎は由美と結婚したいのだが社長の泉山亮介は同郷の先輩でもあり、東大に入学する資金の面倒をみてもらっていたり何かと恩義がある存在。その泉山社長は娘の絢子が離婚して実家に戻ってきていることもあって、ぜひ悟郎に絢子をもらってほしいと考えていた。

そんな時、農林省団体の汚職が露顕して東興物産も贈賄容疑で睨まれる仕儀となり、悟郎は社長から「頼むから一切を背負って身を隠してほしい」と懇願される。それを受け入れた悟郎は由美を連れて会社を去り、駆落ち同然の世をしのぶ身に。(この後の悟郎と由美は夫婦扱いだが入籍したような記述は無い)

 

 

 

働き口の無い悟郎の代わりに一流割烹のお帳場として働く由美は、大洋重工業で設計技師をしている堀田通也という男と出会う。失業してどんどん内向きになってゆく悟郎とは対照的に、快活な堀田に次第に魅かれてゆく由美。結局彼女は夫・悟郎の(東京から離れた)勤め先を堀田に紹介してもらうのだが、過去に東興物産時代の慰安旅行でふとしたきっかけから悟郎に唇を奪われてしまったように、体調を崩した堀田を病院に連れていった拍子に、またしても由美は堀田に心を奪われてしまう。

 

 

 

なんていつもの調子で真面目に書いててもしょうがないからこの後の流れをざっくり記すと、要するに由美は堀田の押しに負けてしまってズブズブの不倫状態へ。ただ、いくら体を委ねても悟郎と別れて自分と一緒になってくれない由美との間に、堀田は溝を感じるようになる。そんな女の魔性が「黒い妖精」というタイトルに繋がっているのかもしれない。また泉山絢子周辺もテノール歌手だの社長秘書だの、もつれた関係が殺人事件へと発展。結局のところ、誰ひとりとして幸せになんかならないオチがついて The End

 

                   

 


〖園田てる子=エロ女流作家〗とは言っても、露骨な性描写が繰り広げられている訳ではない。彼女の描く って戦後すぐのアプレな無軌道ぶりとも違う気がするし、バブル期に見られた日本人の(クリスマスの夜には男と女がシティ・ホテルに泊まって・・・みたいな)フリー・セックス感よりはずっと旧くてヘビーな世界とでもいうか。ドライな見方をすれば、主人公の由美は普段はだらしなくないのに、ひとつキッカケがあると男に許してしまうスキがある。そういうのを不快に感じる人には本作のような小説は向いていない。

 

 

 

物語の中で「探偵小説の登場人物みたい・・・」なんてセリフが出てくるのだから、園田てる子の頭の中に探偵小説がまるっきり存在していない訳ではないようだ。でも彼女は純粋なミステリをなかなか書こうとせず、女と男の情欲にこだわった。重ねていうけどミステリ的な見どころがある訳ではない。それでも(私にとっては)なぜか読ませてしまうSomethingがこの作家にはある。

 

 

 

(銀) 後半、堀田と由美が旅先でしっぽりしているところに謎の尾行者が現れて不穏なムードになる。この部分を活かしてサスペンスを強調していれば、少しはスリラーっぽい展開になりうる余地もあった。園田てる子の非ミステリ作品にも犯罪は一応起こるんだけど、そこで主人公が警察や探偵に追われて・・・みたいなプロットにはならないのが特徴だろうか。