2021年1月3日日曜日

『挿絵叢書/竹中英太郎(二)推理』

2016年8月3日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

皓星社 末永昭二(編)
2016年7月発売




★★★★★   挿絵叢書だから収録できた
            「桐屋敷の殺人事件」と「渦巻」




第二巻は頁数も増え、巻頭カラー口絵には江戸川乱歩最初の個人全集(平凡社)各巻附録だった小冊子『探偵趣味』表紙画が。また、竹中英太郎の画風変遷が前巻よりも捉え易くなっている。小説・挿絵ともにレア度数がアップしたのもgood


 

(ギ)= 挿絵ギャラリー/本叢書にて、
     物語の全てではなく梗概で収録されている小説を指す

 


「火を吹く息」大泉黒石

その出自から露西亜文学者として扱われるが、怪奇小説も書いている人。江戸川乱歩「陰獣」と同じ昭和39月発表だが、英太郎の絵は『クラク』『新青年』に登場する以前の初期型タッチ。英太郎の画集や特集雑誌では、この初期型タッチの挿絵は収録される機会がなかなか無い。

 


「桐屋敷の殺人事件」川崎七郎   「芙蓉屋敷の秘密」横溝正史(ギ)

「桐屋敷の殺人事件」における川崎七郎という作家名が正史のペンネームだという推測の根拠は本書285頁を見よ。世に流布されてきた江戸川乱歩「陰獣」逸話とは違って英太郎の『新青年』初仕事は実はこの「桐屋敷の殺人事件」。しかも未完のまま放りだした「桐屋敷の殺人事件」を再利用したのが「芙蓉屋敷の秘密」というから、ホントに若い頃から自作のリサイクルが好きな正史だ。


 

「渦巻」江戸川乱歩   「地獄風景」江戸川乱歩(ギ)

「渦巻」はよほどの乱歩ファンでなければ御存知ないのも無理はない。乱歩の戦前の友人・井上勝喜に名を貸して書かせた代作だもの。そんな継子扱いの作品ゆえ上記の「桐屋敷の殺人事件」と「渦巻」は長い間、正史と乱歩それぞれの単行本に入ることも無かった。

 

「地獄風景」の挿絵は創元推理文庫版『盲獣』で全て観ることが出来る。
(挿絵スキャニングの鮮明さは本書の方が少しだけ上)

「推理」がテーマで、そこに乱歩をどうしても入れたいなら、英太郎が唯一明智小五郎を描いた貴重な昭和5年刊『名探偵明智小五郎』(先進社)のカバー絵/口絵/挿絵、更に英太郎が自身の画業総決算として昭和10年刊『名作挿画全集 第四巻』(平凡社)へ「陰獣」を題材に描き下ろした「大江春泥作品画譜」を選んだ方が、現行本との重複にならなくてよかったのだが。


 

「青蛇の帯皮」森下雨村 「箪笥の中の囚人」橋本五郎 
「赤外線男」海野十三(ギ)

オドロオドロしさ/静寂さ/キッチュさの演出を描き分ける英太郎の筆さばきが見事。


 

「魔人」大下宇陀児(ギ)  R灯台の悲劇」大下宇陀児

ダイジェストで収録されている「魔人」は決して傑作と呼べる小説ではなく、
英太郎の挿絵あっての味わいというべきか(今でもまだ再発はされていない)。
しかし、この長篇がリレー連作「江川蘭子」の乱歩執筆分を叩き台にして、
悪の遺伝子を持つ幼児の成長を宇陀児が自分なりに書いてみようと思ったものであるなら、
見方を改め再読してみなければならぬ。
R灯台の悲劇」は個人的に贔屓している短篇。現行本で読めるようになって嬉しい。




(乱) 「大江春泥作品画譜」は本書に未収録だが、『名作挿画全集』全十二巻そのものが附録冊子『さしゑ』と共に大空社より復刻されたし(但し、とてつもない価格の図書館本ゆえ、戦前のオリジナル本を古書で集めたほうがお得)、藍峯舎の豪華本『完本 陰獣』にも収録された。



大泉黒石のこういう怪奇短篇、『黄夫人の手』は河出文庫で読めるようになったけれど、他にも単行本一冊出来るぐらいのブツが埋もれていないかな。