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ヒラヤマ探偵文庫 35
2024年9月発売
★ 犯罪レジュメを読まされてもね・・・
本書に収められている森下雨村の犯罪実話とほぼ同じ頃、牧逸馬が海外の素材を元にした実話物を積極的に執筆しており、「世界怪奇実話」というタイトルなのだが、あちらは意外とニーズがあったのか昭和のみならず平成になっても何度か再発されていて、御存知の方も少なくない筈。一方、記録文学叢書『カスパー・ハウゼル 泰西天一坊伝』のような著書は出していたものの、(森下岩太郎名義ではない)森下雨村の犯罪実話が単行本に入るのは初めてのような気がする。
名探偵マセの活躍 「死体を無くした男」
殺人鬼伝 「冷酷無情 カザリン・ヘーズ」
「コンスタンス・ケント事件」
猟奇夜話 第一夜「鼠を飼う死刑囚」
猟奇夜話 第二夜 第三話「十五萬ポンドの頸飾」
猟奇夜話 第四話「実説 噫無情」
ノンフィクションの事件を描いた作品として甲賀三郎「支倉事件」や山本禾太郎「小笛事件」は一定の評価を受けている。あの二長篇はワンテーマに単行本一冊分の紙数を費やしているから、それなりのクオリティーを求めても問題無い。だが、本書の犯罪実話はどれも事件発生から解決までを短く簡潔に要約しているだけで、【場面ごとのうねり】【登場人物達が交わす会話の妙】など小説を楽しむのに欠かせない大切な要素を放棄しているため、言い方は悪いが新聞やネット記事を読んでいるのと大差ない。本書の制作者は「だって小説じゃないもんね」と反論するだろうし、実際そのとおりかもしれないが、これは無味乾燥な一種の犯罪レジュメだ。
「コンスタンス・ケント事件」は〝海外ミステリの定番作品であるウィルキー・コリンズ「月長石」やヴァン・ダイン「グリーン家殺人事件」の構想に少なからず影響を与えている〟と雨村は述べる。要するにこういうものは〝探偵作家が頭の中でアイディアを捏ね上げる際、有効な資料として意味を持つ〟と言いたいのだろう。ごもっとも。この中で印象に残る事件を強いて挙げるとするなら、現実の出来事なのに複雑怪奇な展開を見せる「実説 噫無情」かな。
でもこの書き方じゃ、あまりに中身がスカスカで感情も潤いも無く、読む側は全然楽しめない。ストレートに実話を文章化するのではなく、材料を上手く活用して一作でも多く自分の創作探偵小説を書いたほうがずっとプラスになったのに。
いつも言っているとおり犯罪実話(探偵実話)と創作探偵小説は全く別個のものであって、ごく一部の例外を除けば、読んだところでたいして面白くもない。森下雨村という人は天才型探偵の推理ではなく、足でコツコツ捜査して謎を解いてゆくスタイルが好みなのは私も承知している。彼の取り上げた猟奇的犯罪は、当時の日本に流れていたエロ・グロ・ナンセンスの風潮とも合致するとはいえ、「玉の井八つ切り殺人」(昭和7年)を思わせるグルーサムな事件にそこまで雨村が関心を抱くイメージを持っていなかったから、その点については「へえ~」と思った。
(銀) 森下雨村が書いた実話物だから面白くないと言っているのではない。実話物それ自体が面白くないのだ。江戸川乱歩を見よ。横溝正史を見よ。一度として彼らは実話になぞ手を出さなかったではないか。
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