ストーリーを牽引する探偵がいないぶん、悪のキャラをどう立たせるか、そこがポイント。片眼の怪人の場合、生身の正体は謎だけど、老人にも若く美しい女にも化けられるらしい。ここまで風呂敷を広げた以上、吉哉達を拉致した目的ぐらい語らせるべきなのに、場当たり的なエンディング数行の説明で片付けちゃダメよ。その上、最後の見せ場を作ることも無く、怪人はいつの間にか姿を消してしまってドロン。これじゃ読者は納得しないゾ。
2025年1月19日日曜日
『怪船の恐怖』浅原六朗
2025年1月17日金曜日
『怪奇探偵ルパン全集③虎の牙』ルブラン(原著)/保篠龍緒(譯)
従来どおりアトラクティヴなシーンは健在。そのくせ物語のテンポが良くないし、北アフリカ・モーリタニアにルパンは自分の帝国(!)を持っているのだが、或る人物を救うべくその帝国をフランス政府へ差し出す壮大な取引など、重箱の隅をつついて楽しむのが好きな本格一辺倒の人からすれば度を越したスペクタクル。加えて「ルパンの民族主義が許せないッ!」と批判する声もあるらしく、この辺がアルセーヌ・ルパンの世界にのめり込めるか否か踏み絵になっているんだろうね。
なんにせよ本作の場合、活劇長篇の熱気を左右する御都合主義が理想的な相乗効果を生み出せていないのが大きな欠点。捕えられたドン・ルイ・ブレンナが脱獄トリックも無いまま「開けろ、胡麻(セザーム)!」と呟いているだけですぐに獄から出してもらって簡単にバラングレー総理大臣と交渉することができたり、終盤における犯人との対決でも古井戸に落ちたあと絶体絶命のピンチをあんな風に脱出できたり、どうも底が浅くて興醒めする。近い将来、良質な新訳が読めるようになるのか全く不透明だけど、一度保篠龍緒訳の呪縛からスッパリ脱却してみたいよ。
【昭和4年 平凡社版】(本書) 【昭和23年 三木書房版】
警視總監室 警視總監室/『虎の牙』
呪はれた人々 呪はれた人々/『虎の牙』
死の寶石 死の寶石/『虎の牙』
林檎の歯型 林檎の歯型/『虎の牙』
鐵扉 鐵扉/『虎の牙』
紫壇杖の怪人 紫壇ステツキの怪人/『虎の牙』
沙翁全集第八卷 シエークスピア全集第八卷/『虎の牙』
骸骨小屋 骸骨小屋/『虎の牙』
ルパンの激怒 ルパンの激怒/『虎の牙』
秘密の告白 秘密の告白/『虎の牙』
大瓦解 大瓦解/『虎の牙』
救けて吳れ 救けてくれ/『呪の狼』
大爆發 大爆發/『呪の狼』
呪の男 呪の男/『呪の狼』
二億圓の遺產相續者 二億圓の遺產相續者/『呪の狼』
エベールの報復 エベールの報復/『呪の狼』
開けろ!胡麻 開けろ!胡麻/『呪の狼』
皇帝アルセーヌ第一世 皇帝アルセーヌ第一世/『呪の狼』
穽がある!氣を付けろ 穽がある!氣をつけろ/『呪の狼』
フロレンスの秘密 フロレンスの秘密/『呪の狼』
さらばよ!ルパンの名 さらばよ!ルパンの名/『呪の狼』
(銀) 昭和4年の「怪奇探偵ルパン全集」を担当した平凡社の編集者は古河三樹松。戦後になり自ら三木書房を立ち上げ、往年のルパン本を蘇らせたのも彼の仕事。『月の輪書林 古書目録9 特集古河三樹松散歩』にルパン絡みの思い出話でも載ってないか、数年ぶりに目を通してみたが残念ながら無かった。
2025年1月11日土曜日
『五匹の子豚』アガサ・クリスティー/桑原千恵子(訳)
画家。芸術家肌ゆえ常識の欠落したところがあり、女に惚れやすい。
◙ エルサ・グリヤー
アミアスの絵のモデル。アミアスからの求愛をまともに受け入れ、彼の新妻になることを望んでいる勝気な娘。アミアスを取り巻く人々の目を何も気にしていない。
◙ カロリン・クレイル
アミアスの貞淑な妻。肉親には異母妹のアンジェラ・ウォレン、アミアスとの間に出来た一人娘カーラがいる。自分をなおざりにして結婚するとうそぶく夫と愛人の無軌道ぶりに動揺しつつ、気丈に振舞う。
夫アミアスに毒の入ったビールを飲ませ殺害した容疑により、終身刑を科せられた妻カロリン。その彼女も判決の一年後、獄中で死亡している。それから十六年・・・幼い頃カナダに暮す親族のもとへ遠ざけられ、両親の暗い過去を知らずに育った二十一歳のカーラ・ルマンションは今、現実と向き合わざるをえない状況に置かれていた。成人になり初めて読む母からの手紙には自分の潔白を伝える毅然としたメッセージが・・・。カロリンの冤罪を晴らすべく、カーラはエルキュール・ポアロに調査を依頼する。
(銀) 桑原千恵子の訳は読み易いと書いたものの、彼女のミステリ翻訳件数は非常に少ない。田村隆一より二歳年上だそうで、1950年代にポケミスの訳者として名を連ねていたが、それ以外にはどんな仕事をしていたのか不明。
2025年1月7日火曜日
『腐肉の基地』大河内常平
長篇「腐肉の基地」の主人公・中鳥恒雄が新たに着任する職種は進駐軍施設警備のガードマン。それは若かりし大河内常平の経歴そのまま。中鳥の勤務先につき作中には米軍フアースト・キヤバルリイ・デイビジヨン(第一師団司令部)としか書かれていないものの、昭和20年代の状況を考えると南青山じゃないかな。物語後半には霞町(現在の麻布)も出てくるし、そう大きく外れてはいないと思う。
進駐軍が邦人を雇用する仕事といっても色々あるみたいで、昔の資料を見ると通訳・交換手などの事務系、荷役・雑役を受け持つ技能工系、コックその他を含む家族宿舎要員があったらしい。中鳥恒雄のガードマンは技能工系に属する。貞操観念なんてとっくの昔に失くしてしまったズベ公は米兵に媚を売りつつ、ある者はメイドになり、又ある者はモータープール(軍の車両施設・待機所)における個室付きタイピストとして雇われ、爛れた日々を送っている。その一方、米軍から出た物資をこっそり横流しする副業に忙しい日本人男性もいたり。
話は序盤、色目を使って米兵に飼われようとする水島啓子の兄・政太郎が謎の自殺を遂げるも、基地内で調査しそうな人物が誰も出てこないため盛り上がりもせず盛り下がりもせず、のっぺりとしたまま進行。終盤になりモータープール地区班長・曽根井勇が毒殺、さらにずっと何者かに付け狙われていた奥田君子の飼っているスピッツまでも青酸カリを飲まされ、絡みあった真相がなんとなく明らかになって終わる。改めて言うけどミステリとしての妙味は殆ど無い。
2025年1月3日金曜日
『非小説』黒岩涙香
● 数ある涙香物のうち、これがmy favorite
● 「非小説」の元ネタはコリンズと思われるも、肝心の作品を特定できていない
● 「非小説」の内容はコリンズ「白衣の女」と似通っている
柳田はウィルキー・コリンズ「カインの遺産」(「The Legacy of Cain」)を元ネタと見込んでいたようだが、「非小説」の原作は今もまだ解明されていない様子。そもそも「カインの遺産」自体、商業出版物としてちゃんと邦訳されてないみたいだし。それならばと海外のwebサイトを検索、「The Legacy of Cain」の粗筋を調べてみたものの、「非小説」に繋がる要素なんて無いじゃん。やっぱ「カインの遺産」説はガセか・・・。
なら、何を根拠に柳田はコリンズなど持ち出したのだろう?まあ「白衣の女」はコリンズの代表作には違いないけど、そこまで「非小説」と内容似通ってるかなあ。些細な設定/作中の雰囲気なら時代を鑑みて共通点はあるかもしれない。でも「非小説」の美点はコリンズに通ずるロマンティシズムもさながら、流し読みしていると見落としてしまいそうなミステリ的小ネタの輝きにあると思うのだ。
♙
アクティブかつ義侠心に富む安野田露人は毎夕新聞の探訪者(明治期はニュースのネタを取ってくる係を探訪、そのネタを書き起こす係を記者と呼び分けていたという)。本作が『都新聞』に連載されたその翌年(明治26年)、この世に生を享けた井﨑能為はのちに探偵作家・甲賀三郎となり、堀井紳士殺しの裏に潜む謎を追うだけでなく不幸な村原恵美子・恒子母娘を救うため本業そっちのけで悪漢と対峙することも厭わぬ「非小説」の主人公に刺激を受けて、同じ職業の探偵役・獅子内俊次を創造したものと私は想像する(安野田は獅子内ほど短気な性格に非ず)。
今日はこの長篇を褒めまくるつもりでいるが、序盤の掴みだけ見れば正直そこまでキレキレとは言い難い。「第一篇 表面の事實」の幕開け、夜のゼラルド街を徘徊していた安野田露人が助けを求める叫び声に気付いて事件の第一発見者に・・・なんていうのは古典ミステリにありがちなきっかけで平凡だし、1/3ほど話が進行したあと時間軸が一旦過去に遡り、村原恵美子が現在の苦境に陥った背景を綴る「第二篇 裏面の事實」にしても、極悪人・ドクトル枝村が霧島次郎をネチネチ強請り窮地に追い込むくだりは、やや鈍重。ずっとこの調子が続いていたら★4つ止まりでもおかしくなかった。
上段にて触れた〝ミステリ的小ネタ〟についても書いておかねばなるまい。まず堀井紳士の部屋に落ちていた短銃に、訳あって安野田は小刀で〝堀〟の字を刻み付けておくのだが、これが終盤の法廷シーンを迎えて犯人の逃げ道を塞ぐ大きな意味を持ってくる。さらに村原恒子を見初めて結婚を申し込む堀田十次郎は眼病を患い、めくら同然の身になるのだが、十次郎の目を見えなくさせた設定がこれまた巡り巡って判決の行方を左右するのである。
2025年1月1日水曜日
『捕物秘帖/情痴の首』高井壯吉
探偵実話/犯罪実話の類になんら魅力を感じなくて、そっち系の本にはとんと疎い。2025年新春一発目の今回はいつもと目先を変え、私の所有している数少ない実話小説の中からコレを取り上げてみたいと思う。高井壯吉『捕物秘帖/情痴の首』である。
作者について、プロフィール/執筆作品その他もろもろ、一切不明。本書奥付を見ると「高井」名の検印が押されているが、高井壯吉という名前は本名なのか、それさえも怪しい。探偵小説にゆかりのある日本公論社が版元とはいえ、海の物とも山の物ともつかぬ人物の筆による実話小説に興味を抱いた理由はただひとつ。竹中英太郎が装幀・挿絵を手掛けていたから。
第1回~第13回 「少将令嬢殺し」 第1話~第13話
第14回~第33回 「美人の箱詰死體」 第1話~第20話
第34回~第49回 「說敎强盜」 第1話~第16話
第50話~第83回 「バラバラ事件」 第1話~第34話
第84回~第110回 「千駄ヶ谷女學生殺し」 第1話~第27話
第111回~第125回 「デパートの蜘蛛~萬引誘拐團」 第1話~第15話
第126回~第185回 「情痴の首」 第1話~第60話
第186回~第251回 「かつみ夫人」 第1話~第66話