「ミステリー・レガシーのシリーズはミステリー文学資料館の閉館に伴い、企画編纂が資料館編集委員の山前譲氏になりました」という巻末の一言が寂しい。このシリーズは毎回楽しみに買っているので、光文社はおとなしく山前譲の言う事を聞いて今後も継続して頂きたい。でも光文社文庫のアンソロジーの場合、私の好むシリーズほど短命に終わってしまうのが難点。
今回登場するのはプロレタリア寄りの作家。ふたりとも編集者経験があるのも特徴。
探偵小説評論では鋭い洞察を発揮していた平林初之輔でさえ、長篇になるとこういうのを書いているんだなあ。戦前日本の女性は処女でなくなったら、人の妻に収まらなければ〝ヨゴレ〟扱いされるという考えが貧しい。色魔たる子爵が抵抗できぬ女の躰を食いものにしてゆくという設定は戦後になって、横溝正史の某長篇にパクられる。そういえばこの長篇の初出誌の編集長は横溝正史その人だった。
本書を★5つにした理由は、いかに探偵趣味が希薄でも、この「悪魔の戯れ」が初単行本化ゆえ。ミステリー文学資料館(編)の頃から、作品を採ってくる雑誌が何かと『新青年』ばかりに偏りがちなところへ、今回は同じ博文館とはいえ『文藝倶楽部』に載ったものが多めなのも好事家にとっては嬉しい。
昔の日本の探偵小説が新刊文庫で出ると「古い」とか「論理性がない」と批判を書く人がいるがそんな人には特に向かない一冊かもしれない。逆に、戦前の倫理観を楽しめる人ならサクサク読めるはずだ。
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それ以外の作は都会が舞台で「仮面の輪舞」は代表作中篇だが〝女の貞操〟を巡る点においては「悪魔の戯れ」と一緒。あとは肖像画が心の不倫を語る「秘密の錯覚幻想」、芝居の稽古だと偽って人を殺める「謀殺罪」、彼には珍しいブラック・ユーモアがある「指と指輪」。
カバー画には平林や佐左木と同じ時代を生き、彼ら同様に若くしてこの世から姿を消した版画家藤牧義夫の「赤陽」を使って本書のコンセプトを強調しているのに、センスの欠片も無い帯が超ダサいなあ。それはともかく、ミステリー・レガシーは二作家で一冊を成す構成なので、このシリーズには当てはまらないけれど、次は宮野叢子の『流浪の瞳』やボリュームのある『血』をぜひ文庫で読みたい。
(銀) 大手で発行部数も多い光文社がいくらこのシリーズを山前譲に任せているといっても、山前が戦前の探偵趣味をあまり感じない毛色の変わった作品を選んだら、編集者や営業部の人間が「そんなんじゃ売れませんよ」とか難色を示しそう。それでも企画を通して商品化できているのは偉い。