2024年9月19日木曜日

『有罪無罪』黒岩涙香

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榮館
1920年4月発売



★★★    危険な情事





原作はガボリオ「首の綱」。それを黒岩涙香が翻案小説として発表したのが「有罪無罪」。
「首の綱」は1930年、春陽堂探偵小説全集/第18巻に収録されたっきり、後に続く訳書が出ていない。春陽堂版の翻訳者クレジットは江戸川乱歩になっているが、乱歩の名義だけ借りた代訳であるのはいつものとおり。

 

 

齢六十になろうかという貴族の嫡流・黒戸伯爵の住まいは、町からおよそ三里を隔てた春邊村にある。深夜、屋敷の放火に気付いて庭に出た伯爵は、待ち構えていた何者かに鉄砲で撃たれ重傷を負う。周辺捜査の結果、幾人かの目撃情報によって星川武保侯爵に容疑が掛かり、連行。武保は近日中、山堂家の一人娘・錦嬢と婚礼を挙げる予定だった。黒戸伯爵に殺意を向けるほど怨恨を抱く理由は見当たらないものの、あらゆる状況証拠から武保は不利な立場に追い込まれる。

 

 

最初から読者は星川武保がシロだと知らされている反面、只事でない秘密を抱えた武保は警察に自分の無実を立証することができず獄に繋がれている。そこへ、思い詰めたフィアンセの錦嬢が金の力で牢番を買収、武保を脱獄させ二人で国外に逃げようと持ち掛けたり、はたまた後半でも買収によって一時的に武保が獄から出られたりして、古い時代の小説ながら、実に御都合主義でユルユル。

 

 

全体の折り返し地点に至り、沈黙し続けてきた事実をようやく武保は弁護サイドに打ち明ける。その長い告白シーンは、それまで表舞台に出てこなかった人物の黒い側面が露わになり、本作の中で最もサスペンスフルだ。最終的に事件は法廷に持ち込まれ、本来ならばそこが最大のクライマックスになるはずなのに、なんと被害者の黒戸伯爵が死んだり生き返ったり(?)「一体どっちやねん!」って感じでツッコミどころ満載。

 

 

序盤での記述に謎の伏線を張っておき、代言人・大川方英たちの尽力によって明らかになる事実とピッタシ辻褄が合ってゆくような流れで物語が書かれていれば、傑作になったかもしれないのだが悲しいかな、そこまで論理的じゃないんだよな。本当に色々な点で惜しい作品。

 

 

 

(銀) 明治期に書かれた涙香の小説は改行が全然無いのも、現代人に読みにくさを感じさせる要因だろう。ただ会話の部分は、誰の発言か一目でわかるようになっている。

 

「其名の現はれるのは猶結構ではありませんか、誠の罪人の名が分れば愈々貴方の潔白が分りませう」


これは錦嬢のセリフで、彼女の発言のアタマには〝錦〟と記してある。
他にも例えば代言人・眞倉のセリフだと、彼の発言のアタマには必ず〝眞〟の字が。

 

「僕には何うしても此辯護は出来ぬから君に讓らねばなりません」

 

こうすることで、海外ミステリを読む際の、冒頭に記されている登場人物一覧表をいちいち見て確認するような手間は省ける。加えて戦前の本は総ルビだから、思ったほど読みにくい文章ではない。





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