〝・・・・マーカム君、そんなロマンティックな犯罪学的な考え方をして、君をまよわせたもうなよ。また雪の中の足跡にあまりに近づいて、熱心につつきたもうなよ。君を、まよわすこと、この上なしだからね。君はあまりにこの邪悪な世界を信用しすぎているよ。それにあまりにまじめすぎるよ。僕は君に警告するね。どんな馬鹿な犯人だって、君の巻尺や測経器(ママ)におあつらえむきに、自分の足跡を残しておく奴なんか、ありはしないとね〟
~本書 第二章「雪の中の足跡」より(瀬沼茂樹・訳)
瀬沼茂樹 新樹社
「ぶらっく選書9」 昭和25年刊
〃 早川書房「HPM 135」 昭和29年刊
井上勇 東京創元社版
「世界推理小説全集32」 昭和32年刊
〃 創元推理文庫 昭和34年刊
瀬沼茂樹 角川文庫(本書) 昭和36年刊
日暮雅通 創元推理文庫~S・S・ヴァン・ダイン全集 平成30年刊
・平林初之輔の抄訳を引き継ぎ、ぶらっく選書では完訳を目指し、学友・金子哲郎の助力をあおいだ。その際、使用した底本はGrosset & Dunlap版。
・ぶらっく選書~ポケミスにおいて不徹底だった箇所に対し、本書(角川文庫版)は全編にあたって悪訳・誤訳を正した他、用語を平易にするよう努めた。
・後発の井上勇訳も参照した。原作者(ヴァン・ダイン)の付註の他には極力割註を避け、本文におりこんで読み易くした。
後発の翻訳者が他者の手掛けた先行訳書を参考にすることは決して珍しくないけれども、自らの「カナリヤ殺人事件」が三度目の刊行になるとはいえ、後追いの井上勇訳書をも参照するなんて謙虚な姿勢だな~と思っていたら、瀬沼より井上のほうが三つ年上なばかりか、翻訳者としてのキャリア・スタートも瀬沼に比べ井上はだいぶ早かった。あとwikipediaを見て気付いたのだが、井上勇も同盟通信社(☜)に勤めていたとは知らなんだ。今後彼に関する資料や訳書をもう少し注意して見ていきたい。