▼ 戦前に出された傑作短篇集的な新潮文庫『熊の出る開墾地』や春陽堂日本小説文庫『假面の輪舞』を読んだ時の佐左木俊郎の印象はそこまで悪いものではなかった。佐左木の著書の中でも飛び抜けて古書価格が高い『街頭偽映鏡』(昭和6年刊/赤爐閣書房)をそっくりそのまま収録した本巻を読み終えて、『佐左木俊郎探偵小説選 Ⅰ 』の項にて書いた「戦前の本で読むと、それなりに面白く感じるのに、現行本だとどうも・・・」みたいなギャップ以上に首を傾げたくなる点は、悲しいかな前巻よりこっちのほうが多かった。
農民文学臭が少ない、もしくは探偵小説色のある短篇集だというんで『街頭偽映鏡』は古書市場にてレア扱いされてるように思われがちだが、「指と指輪」「告白の芽」「汽笛」「接吻」「横顔」「私生児」「或る不良少女の記録」「或る有閑未亡人の話」「錯覚の発生」「街頭の風景」「栓の出来ない話」「線」「指」「嘘」「恋愛・導火線の傍から」「秘密の風景画」「悪い仲間の話」「或る部落の五つの話」「秋草の顆」「接吻を盗む女の話」「街頭の挿話」といった、一作あたり7ページ以下しかない非常に短い掌編が大部分を占めているのが実情。
「掌編ではダメだ」とは言わないが、もとより佐左木の短篇は似たようなタイトルが多い上に、扱っている素材が何であれ、作品によって書き分けて色合いを変える横溝正史ほどの小器用さは無いので、ここまで掌編だらけだと私は物足りない(たまにシリアスさを控えたものはあるけれど)。やはり普通に枚数があり、彼のホーム雑誌である『文學時代』に発表されたものは力作となる傾向が見られる。上記掌編よりも、大なり小なりページ数のある収録短篇はこちら。
「街頭の偽映鏡」「錯覚の拷問室」「猟奇の街」「黒馬綺譚」「機関車」「或る嬰児殺しの動機」「脚気病患者」「運命を手繰る者」「腐敗せる城を脱出して」「街底の溶鉱炉」「猟犬物語」「仮装観桜会」
▼ 巻末には編者解題(土方正志)の他にも佐左木俊郎の遠縁にあたる竹中英俊が執筆したエッセイ「佐左木俊郎の風景」「佐左木俊郎と吉野作造」があって、三方向から照射しているので、いつも以上に作家像は解りやすくなっている。
昨年の上半期には仙台文学館での企画展「作家・編集者佐左木俊郎 農村と都市 昭和モダンの中で」が開催されたものの図録は発売されなくて、その時の展示物リストまで載っている本巻はまさに企画展にて販売する為のものだった気配は一読して明らかだ。ところが『 Ⅰ 』が出たのは企画展が終わった2020年8月、『 Ⅱ 』に至っては更にそれから半年以上も発売が遅れてしまい、タイアップには少しも成り得なかった。仙台文学館はいつも図録を出しているから、佐左木のも作ってほしかったな。
収録作の話に戻ると、佐左木俊郎の本は他社、つまり土方正志の荒蝦夷からリリースする心算だった企画を論創社が譲り受けた為、既に確定していた作品選定を再考せず踏襲したのだろうが、それでも『 Ⅱ 』の収録として、なんでこうも『街頭偽映鏡』のみに拘ったのだろう?
中編「假面の輪舞」及び短篇「謀殺罪」「秘密の錯覚幻想」は光文社文庫『平林初之輔 佐左木俊郎 ミステリー・レガシー』で読めるからまだいいとして、『加納一朗探偵小説選』に比べたら今回は200ページ以上も薄いのだから(価格が3,400円 + 税なのでかなり値下げしたのかと一瞬 思った)、昭和6年『河北新報』にて五ヶ月間新聞連載したという単行本未収録長篇「明日の太陽」をプラスするなり、最低でも「密會綺譚」のような『街頭偽映鏡』に入ってなくて探偵小説として扱えそうな短篇をどうして追加しなかったのか?
佐左木のように農民文学/プロレタリア文学/探偵小説、そのいずれにも足を突っ込んでいる作家の小説に明確にカテゴライズしづらいところがあるのは、ごく自然な事。現に本巻289ページで、鮎川哲也が鉄道ミステリのアンソロジーを編もうとして「汽笛」の収録が頭に浮かんだが「これが果してミステリーであろうかと自問すると躊躇せざるを得ず、毎回見送った」という逸話も紹介されている。
けどさあ、論創ミステリ叢書って全然探偵小説じゃない作品はおろか、その作家の家族が書いた全くお門違いなものまで、実に節操無く散々収録してきたではないか?「黒い地帯」は探偵趣味こそ無いけれど ❛ 重要作 ❜ だって竹中英俊が力説しているではないか?せっかくの機会なのに、収録できそうな作品をむざむざ落としてしまっている。
(銀) カバーデザインからして今回は従来の、収録作品の初出時挿絵をあしらった装幀にせず仙台文学館の佐左木俊郎企画展用に使われたマンガ風イラストを流用。それだけでも私はドン引きしていたのに、佐左木の重要短篇はほぼ網羅されると思っていたら、随分ケチった収録内容で心底ガッカリ。
巻末パートは普段よりページ数が多いぶん勉強になる情報も多いのだけれど、この叢書の売りのひとつである書誌データが甘い。本書収録小説、つまり『街頭偽映鏡』に入っている作品の初出誌情報は一応載ってはいるが、第100巻までの解題のように見やすくはなく、第101巻以降の作家の巻に載るようになった作品リストも無ければ、収録作品を逐一記した著書目録も無い。
何故そんな事を言うのかといえば、佐左木の作品には同じ小説なのに収録されている本によって違うタイトルになっているものがあるからだ。こういう情報は『 Ⅰ 』『 Ⅱ 』とも不足している。
本巻でいうと「或る嬰児殺しの動機」。この作品は春陽堂日本小説文庫『假面の輪舞』では、「或る犯罪の動機」へと改題されていた(サラッと見比べた感じだと本文の内容はいじってないみたい)。調査すればこういう例はもう少し見つかるような気がする。加えて、戦前の佐左木の各著書に重複して収録されている作品も結構存在する。それを考慮すれば、現在判明している彼の短篇の数は意外と限られ、厚みは増すかもしれないが『 Ⅱ 』一冊に(全ては無理でも)殆ど収められるのではないか?と私は見積もっていた。だからこの非常に少なすぎる収録内容には不満を憶えるのだ。
やっぱり横井司のいない論創ミステリ叢書はストレスが溜まってしょうがない。