2025年1月26日日曜日

『思考機械【完全版】第1巻』ジャック・フットレル/平山雄一(訳)

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作品社
2019年5月発売



★★★★  分厚くて扱いづらいけど、これは読んでおくべき





オーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン教授。思考機械と呼ばれる男。
前にも紹介したとおり(☜)、「十三号独房の問題」はミステリ・ファンなら一度は読んでおかねばならない不朽の名作。シャーロック・ホームズの時代を彩るエキセントリックな探偵でありながら、どの国も思考機械シリーズの全貌を十分把握できていなかったとは意外だし、史上初の全作完全収録書籍がmade in Japan、こりゃスゴイ。細かい書誌データ調査/それに基づく本の編纂、そんな内向きの作業って、毎日毎日「ヤフコメ」「X」で誰かを集団リンチするのが三度の飯より好きな、陰湿で暗い日本人にわりかし合ってるのかも。

 

 

発表順にソートした作品配列もポイント高し。下記のとおり、国内の既刊単行本に未収録だったものはマークを付けて紹介している。過去の単行本にセレクトされなかった作品がワンランク質の落ちる作品だったのか、あるいはそうでもないのか、各自分析してみるのも一興。

 

 

「十三号独房の問題」

「ラルストン銀行強盗事件」

「燃え上がる幽霊」

「大型自動車の謎」

「百万長者の赤ん坊ブレークちゃん、誘拐される」

 

「アトリエの謎」

「赤い糸」

「〝記憶を失った男〟の奇妙な事件」

「黄金の短剣の謎」

「命にかかわる暗号」    

 

「絞殺」

「思考機械」

「楽屋〝A〟号室」

「黄金の皿を追って」

「モーターボート」

 

「紐切れ」

「水晶占い師」

「ロズウェル家のティアラ」

「行方不明のラジウム」

 

 

「十三号独房の問題」はもとより冒頭まず最初の五篇あたり、銀行内の金庫爆破や✕✕による幼児拉致といった奇想天外な犯罪を見せつつロジックの筋道は一本通っているところがキャッチー。その後しばらく地味な事件が続き、中篇「黄金の皿を追って」を境に再び盛り返してくる。前半の『ボストン・アメリカン』掲載作と後半の『サンデー・マガジン』掲載作では与えられた紙面のキャパシティに幾分差異があったのか、尺の長さもさながらストーリーの組み立て方に変化が見られ、微妙な演出の違いを楽しめるのもgood。

 

 

私みたいに、旧いattitudeを活かした訳文を好むユーザーもいれば、反対にひたすら読みやすさを求めるユーザーもいる。そのいずれにも平山雄一の翻訳は対応できていると思う。一つ不満があるとすれば電報の文章。「百万長者の赤ん坊ブレークちゃん、誘拐される」における次の箇所を見て頂こう。

 
りんデオトコノイバショトアカンボウノテガカリハッケン
- ほてるニソッコクコラレタシ はっち
 

これはヴァン・ドゥーゼン教授の友人である新聞記者ハッチンソン・ハッチが送ってきた電報で〝りん〟=〝リン〟というのは作中に出てくる地名のこと。つまりリンで探していた男の居場所と行方不明になった赤ん坊の手掛かりを発見したから、即刻ホテルに来てもらいたいとハッチは思考機械に伝えているのだ。

 

 

日本における電報の文字は今でこそヴァリエーションがあるけれども、昭和以前は〈カタカナ〉しか使われていなかった。日本語の場合、リンという外国の地名、ホテルという単語、ハッチという外国人の名前を〈カタカナ〉以外の文字で表記することはまず無い。しかしここでは、昔の日本人の慣例を意識して全ての文字を〈カタカナ〉にするのではなく、少しでも伝わり易くするため、本来〈カタカナ〉でしか表せない言葉を〈ひらがな〉に置き換えたものと思われる。ただこうすると文章の見映えが悪くなるのも事実。





はっちはともかくりんほてるまで〈カタカナ〉表記にしてしまったら読みづらいのではないかと訳者が考えるのは至極もっともであり気持ちはよく解る反面、ここは思い切って〈カタカナ〉で通すべきだし、なんならその部分だけ別のフォントに変えるのも一つの手だった(編集担当者は絶対嫌がるだろうけど)。日本語ならではの悩みだが、全編スマートに作られているこの本の中で唯一スマートじゃない電報文の箇所(他の作品にもこの〈ひらがな〉表記は見られる)、実に惜しい。なにしろ500頁を超える厚さゆえ、寝転んで読むのは面倒だが、その煩わしさを我慢するだけの価値があることは保証する。

 

 

 

(銀) 版元にはまだ在庫が余っているのか、楽天ブックスで年二回(だったかな?)行われる謝恩価格本セールの際、平山雄一の手掛けたミステリ関連書籍はかなりのお手頃価格で販売されている模様。私の知る限り、謝恩価格といっても大抵の単行本には帯が付いており、綺麗な状態だからダメージの心配は無用。未読の方は中途半端に古本で探すぐらいなら、このセールを積極的に活用して頂きたい。中には謝恩価格本をせっせと仕入れて売り捌く古本屋もいたりするが、その売値には仕入れ時の価格にマージンが乗っかっている訳で、だったら楽天ブックスから直接購入したほうが出版社のプラスにもなる。

 

 

 

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