2025年1月7日火曜日

『腐肉の基地』大河内常平

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同光社出版
1961年5月発売



★   進駐軍内部の暴露小説




長篇「腐肉の基地」の主人公・中鳥恒雄が新たに着任する職種は進駐軍施設警備のガードマン。それは若かりし大河内常平の経歴そのまま。中鳥の勤務先につき作中には米軍フアースト・キヤバルリイ・デイビジヨン(第一師団司令部)としか書かれていないものの、昭和20年代の状況を考えると南青山じゃないかな。物語後半には霞町(現在の麻布)も出てくるし、そう大きく外れてはいないと思う。

 

 

過去の大河内関連記事では好意的な感想を述べてきたが、こればっかりは遺憾ながらワースト・ランクにカウントせざるをえない駄作としか言いようがない。

近年復刊された伝奇ものみたいに創造の自由度さえ高ければ、思いもよらぬ奇想の羽根を広げてストーリーを暴走させられるぶんリーダビリティも生まれよう。だが本作は占領する側(米兵)とされる側(進駐軍に雇用されている日本人)、双方の醜さを暴露する一種の実録小説っぽい側面を持ち合わせている。普通の日本人が知り得ない進駐軍の暗部を抉り出している点で、一定の存在価値はあるのかもしれない。然は然り乍ら、実体験から得たリアリティを前面に出そうとも一個の探偵小説として成立させられなければ読む側はシンドイ。

 

 

進駐軍が邦人を雇用する仕事といっても色々あるみたいで、昔の資料を見ると通訳・交換手などの事務系、荷役・雑役を受け持つ技能工系、コックその他を含む家族宿舎要員があったらしい。中鳥恒雄のガードマンは技能工系に属する。貞操観念なんてとっくの昔に失くしてしまったズベ公は米兵に媚を売りつつ、ある者はメイドになり、又ある者はモータープール(軍の車両施設・待機所)における個室付きタイピストとして雇われ、爛れた日々を送っている。その一方、米軍から出た物資をこっそり横流しする副業に忙しい日本人男性もいたり。

 

 

話は序盤、色目を使って米兵に飼われようとする水島啓子の兄・政太郎が謎の自殺を遂げるも、基地内で調査しそうな人物が誰も出てこないため盛り上がりもせず盛り下がりもせず、のっぺりとしたまま進行。終盤になりモータープール地区班長・曽根井勇が毒殺、さらにずっと何者かに付け狙われていた奥田君子の飼っているスピッツまでも青酸カリを飲まされ、絡みあった真相がなんとなく明らかになって終わる。改めて言うけどミステリとしての妙味は殆ど無い。

 

 

「腐肉の基地」単体の評価は★一つ。しかし本書には短篇「危険な壁」も収められており、これは『大河内常平探偵小説選 Ⅱ』に「坩堝」という雑誌発表時のタイトルで収録されていたもの。「腐肉の基地」と比べ、こちらは読む価値があるので、今日の総評価はおまけして★2つ。

 

 

(銀) 戦争に負け、ヤンキーに犬コロ同然の扱いを受ける日本人。同じ米兵が相手でも、反論ひとつできずヘコヘコするばかりの男とは対照的に、オンリイ/パンパンとなって甘い汁を吸うべく身体を差し出すしたたかな女。大河内常平の悪趣味ぶりは今に始まったことではないが、「腐肉の基地」の場合、読み終えてスッキリする内容には程遠く、余程のゲテモノ好きでもない限りお薦めはしない。


 

 

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