☽ 本巻には、嵐の夜キャデラックを狙撃した謎の犯人を追うデビュー作・長篇「松葉杖の音」(別題「地獄からの使者」)と十三短篇を収録。
☽ 病態の夫と子を裏切り他の男と麻薬に堕ちた妻への未練を描く「誤れる妻への遺言」、陰湿な軍隊関係を描く「風にそよぐもの」「赤い月」、いわゆる与太公ものの「暫日の命」「相克」といった、やりきれない人間達の物語はいかにも彼らしい。
「夕顔の繁る盆地に」も旧日本軍が題材だが、脱走兵とその為に自殺した軍曹、甲府の山奥の婀娜な女と、複雑な設定が独特。本巻収録作品の発表誌の多くが正統派の『宝石』である影響か、大河内にしては手堅くトリックをどこかに見せようとしている様子も見受けられる。
☽ この人は元来、テクニック的に上手い方ではなく、進駐軍下で働いていた経験から、普通の人が知らないヤクザやパンパンなど闇社会の知識・俗語に長け、それを作中にリアルに書き込むところに良さがあって。また刀剣ものに見られるように、どこか一本キレた狂気を絞り出した方が旨味が出て来る。
「蛍雪寮事件」など水を用いた巧妙な殺人の考案もあるが、「九十九本の妖刀」「餓鬼の館」の如きオソロシイ迫力のある短篇は見受けられない。それに「クレイ少佐の死」や前巻『Ⅰ』収録の「ムー大陸の笛」ってそこまで代表作かな? 私はそうは思わなかったけれど。
☽ この種の愛欲風俗派探偵小説はそれまで正面から論じられることもなく、大河内の再発だって大幅に遅れてしまった。敗戦がもたらした日本の戦後探偵小説のひとつのパターンでもあり、大河内常平という作家像を正しく捉えるためにも新しい読者のガイドになるような風俗探偵小説を論じた本があるといい。それにはもっと同ジャンルの再発が進まねばならず、本叢書でも朝山蜻一・楠田匡介らの刊行が望まれる。
(銀) 風俗探偵小説の評論ったって、その手の昔の単行本は古書市場でも全国の図書館でも、残っている数が非常に少ない。たまに市場に出てきてもベラボウな古書価格だったり、またそれを古本キチガヒが(既にもうその古本は持っているくせに)買い占めるものだから、研究者とかフツーの人は絶対に読むことができない。