2021年1月9日土曜日

『大衆小説の世界と反世界』池田浩士

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インパクト出版会 池田浩士コレクション⑥
2019年8月発売



★★★    「怪建築十二段返し」が読みたくなる




著者(現80歳)はドイツ文学が主戦場、そこから派生して人権にも目を向ける活動をしてきた。第一部「大衆小説の世界と反世界」は大学での講義を叩き台にして書かれた文学論で、初刊は83年に現代書館から刊行されたもの。〈池田浩士コレクション〉と銘打ち過去の著書再発が続いているので一種の選集的なものなのだろうが、これがまた、頁数少なめな時の論創ミステリ叢書に近い本の作りとはいえ価格が5,800+税と高い(索引は無し)。

 

 

Blogにてこれまで取り上げてきた学術書はどれも高額ながら新刊で入手してきたが、今回は自分の嗜好が本の内容/価格と折り合いがつかず(?)古書で安く購入。著者によるとこれでも「大赤字覚悟」だそうだが、買おうかどうしようかこちらもかなり迷ったのであった。

 

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第一部の序章では大衆小説は純文学や中間小説とどう違うのか?を問いかける。黒岩涙香の死、つまり講談から小説へ移行してゆくキー・ポイントとして、捕物帳あるいは探偵小説の形式を取りながら事件の謎が何ひとつ解明されぬまま終わる白井喬二のデビュー作「怪建築十二段返し」を挙げ、「未解決性」「自己形成の不要さ」に新しさがあると述べる。

 

 

実は不肖ワタクシ、この作を長年気にしていながらいまだに読むどころか入手さえもしていない為体(ていたらく)で、そんな未読者を多いに刺激する熱のこもった紹介がなされている。それ以外にも著者が特に注目している作家・作品・メディアをラフに書き出してみると、


 

「大菩薩峠」中里介山、「パリの秘密」ウジェーヌ・シュー、『新青年』、平林初之輔、「軽気球虚報」エドガー・アラン・ポー、「海底軍艦」押川春浪、「馬賊の唄」池田芙蓉、山中峯太郎、「海峡天地会」小栗虫太郎、海野十三                    

(本当はもっとあるのだが、こまごま挙げてたら煩雑なので略す)

 

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日本の探偵小説だと『新青年』周辺/異境小説/軍事科学小説、三つの側面にて様々言及されている。反体制目線で人権がどうしてこうして・・・という評論がしたいのなら、野崎六助とウマが合うかも。「へえ~」と思ったのは著者が梅原北明に強く拘りを持っていて、


 

➤ 「(梅原北明の手掛けた書物名をいくつも挙げて)その道の玄人や一部のマニアたちの手に委ねておくのは、なんとも無念というしかない。彼の仕事こそは私自身がなすべきことなのだ。もしも私にせめて彼の十分の一でもその能力がありさえしたなら・・・・・。」

 


みたいなボヤキが。そしてこれもあとがきでの呟きだが、当初『大衆小説の世界と反世界』の次は『探偵小説の謎』と題する一冊を発表したかったそうで、年齢を考えたら無理もないのだが、この本に対しては「もしも私に稀有な長寿が恵まれるなら、現世でこの約束を果たしたいと念じている」と、半ば諦めのご様子。



フィクションであっても、大衆小説をそれぞれの時代の乱反射として国際社会の中の日本を考えるのは結構。でも本書の締め括りで「中曽根康弘が日本列島不沈空母化発言した83年の初刊発売当時から現在に至るまで、日本が米国の属国/ポチなのはなんも変わっていない」と言い出されても、著者の他の本をよく読んでいる人には通じるかもしれないが、本書しか読んでない者に対してまとめとしては唐突だし、TVのコメンテーターみたいな安っぽい文句じゃなく、エスプリの効いた表現でクロージングしてほしかった。


 

 

(銀) ボーナス収録となる第二部のうち、乱歩に関する評論が二点ある。『江戸川乱歩推理文庫』刊行開始時に『週刊読書人』に寄稿した「戦後民主主義と乱歩」と、文芸誌『APIEDVol.16の乱歩特集に寄稿した「『幽霊塔』論・序説」。

 

 

これがもし文庫でのリーズナブルな再発で誤記が無かったらもっと良い評価にしたかも。江戸川乱歩の別ペンネームは小松龍之介であって、杉龍之介じゃない(231頁)。何故皆この名前を間違えるのだろう? とはいうものの、本書を読んで無性に「怪建築十二段返し」が読みたくなったのも事実。第一部・第二部の両方を使って語られている「馬賊の唄」は読みたくならなかったけどね。