2020年12月28日月曜日

『大河内常平探偵小説選Ⅰ』大河内常平

2016年5月3日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第97巻
2016年4月発売




★★★★★   泥絵具をなすり付けたような




☽ ミステリ珍本全集に先を越されてしまった本叢書での大河内常平だが、さて、どの作を収録してきたか? まずは探小読者にもさほど知られていないシリーズ探偵/来栖谷一平と、その探偵事務所秘書/君津美佐子、探偵にお熱を上げるバー『クラフト』のマダム百合子、探偵の親友/早乙女甚三警部補をレギュラーに据え、六話から成る「夜光る顔」(別題「夜光獣」)

 

 

昔から情報の少ない作家だったし、そんな手探り状態の中で大河内といったら刀剣・伝奇・風俗ものみたいな、トリックなんぞ歯牙にも掛けない人の印象があったが、ここでは通俗タッチながらも、それなりに謎解きに取組んでいる。やれば書けるじゃないか、大河内。

 

 

☽ 次なる25時の妖精」(妖怪博士 蛭峰幽四郎物語)は、大河内の愛した乱歩通俗作品への憧憬か。これも基本は一話完結式だが、全体では連続した体裁をとる。本書帯に「名探偵vs妖怪博士、来栖谷一平と蛭峰幽四郎の顔合わせ」なんて煽っているが、この二人の直接対決はほぼ無いまま終わってしまうので、そういうのを期待した人がガッカリされないよう一言添えておく。

 

 

『醗酵人間』(栗田信)等のレビューでも触れたが昭和30年代貸本小説はなにかとテキトーで、蛭峰博士一味の惨たらしさを最後まで徹底すればいいものを、怪盗東京ジョニーなんて中途半端な別の悪役を終盤に割り込ませたりするから、焦点がボケてしまったのがもったいない。生贄達の臓腑を抉り出したり悪趣味ぶりは乱歩以上だが、大河内の場合は大仰な表現や構成の荒っぽさも相まって、とてもユーモラスとは言えないが、気持の悪い滑稽さが付き纏い、どこか笑える。

 

 

☽ 残りの中篇二作「蛙夫人」「ムー大陸の笛」
いずれも呪い・祟り的な題材かと思っていたら、ねじれた奇妙な展開を見せる。まあ詳しくは書かないでおくので、是非手にとってみてほしい。随筆での大河内の探偵小説に対する考え方は、

 

● 自然科学の領域

● 怪奇幻想

● 人間の神秘な心霊のうちに飛び込み果敢奔放な闘争を展開し得る

 

と言った風に、その許容性を強調している。この時代に全盛だったリアリズム重視の社会派ミステリ、及びそれに対抗するため地味な謎解きに狭窄され折り目正しくなり過ぎてダイナミズムを失った本格物より、大河内のように悪趣味で雑な面はあっても、汚い泥絵具の如き個性を放っているほうが私は好ましい。



(銀) 商業ベースで三冊の単行本を発売したからか、同人出版では大河内の本を出そうとする動きが起きてこないな。猟奇的な内容ならまだいいけど、さすがに与太公ものや風俗系になると「売れなさそう」と二の足を踏んでしまい、誰もリリースする勇気が持てないのか。