2021年8月5日木曜日

『人造人魚』大河内常平

NEW !

盛林堂ミステリアス文庫 善渡爾宗衛(編)
2021年7月発売



★★★★   妖怪博士 蛭峰幽四郎ふたたび




ここ数年、ようやく大河内常平の新刊本がポツポツ出るようになった。
今回は十作品すべて単行本未収録作のみで一冊仕上げた短篇集。有難い。

 

 

白い蛇は昔から縁起のいいものと言われているが、
「黒い小蛇」は、小さな生き物を手荒に殺した男が皮肉にも祟られてしまう怪談。
「海底の情鬼」は、海の底に横たわる女の屍体をなぐさみ、
自分を裏切った若妻とその不倫相手に復讐せんとする情痴のマリン・スリラー。
「情事に報酬はない」は、結核患者という大河内らしくない療養所のシチュエーションで、
性交こそ最も身体に悪い行為だと言われていたのに、
夜毎病室に忍んでくる妖しい女の魔力にどうしても抗えぬ男の独白。

 

 

そういえば初めて大河内や楠田匡介を読んだ時、ヤクザ・チンピラ・パンパンが入り乱れるやさぐれた内容が多かったものだから、「戦争に負けて探偵小説もこういうのが題材になるほど世の中貧しくなってしまったんだな」という拒否反応があって、この手の風俗に慣れるまでに、少し時間がかかったのをふと思い出した。
「桃色の替え玉」など、まさしく下賤なパンパンを描く一品。
「進行性痴呆症」は、あまとりあ社の単行本に入っていてもおかしくない艶笑譚。

 

 

「呪われたテント」は傴僂の小男ゆえサーカス団の中で虐められているピエロ・徳治の、
まあなんというか、いわゆる「踊る一寸法師」みたいな逆襲劇。力の無い者が如何にして、五人の大人を一列に並べて首吊り刑にする事ができたか、という馬鹿馬鹿しくて笑えるトリック。
「三人目の女」も、大河内節が飛び交う与太公ミステリ。
「仮面の獣人」〝推理探偵小説〟と角書きがあるのは、クライマックスに子供っぽい理科の実験みたいなトリック(?)が使われているからか。

 

 

大河内には〝クルス速水〟という別名義があるが、「闇に笑う影」に登場する私立探偵の名前は速水恒太郎といって、シリーズ・キャラ探偵の来栖谷一平とは異なる。その来栖谷一平とも共演していた怪人物・蛭峰幽四郎博士は『大河内常平探偵小説選Ⅰ』に収録の「25時の妖精」で助手の江波貞雄と共に死んだはずだったが、「人造人魚」にてまたしても登場。そういえば「25時の妖精」ラストシーンとそっくりの情景が、「人造人魚」以外の本書のある作品にて描かれているのに気が付かれただろうか?


 

 

(銀) 文庫サイズだし、内容的にも大満足の大河内本なんだが、
私の買った『人造人魚』は文字が擦れ、中には読み取れない箇所がいくつかあったため減点。
印刷が上手くいってなかったのだろうが、こういうのは困るよ。



「25時の妖精」最終エピソードが雑誌に発表されたのが昭和36年2月。
単行本『25時の妖精』(浪速書房)が刊行されたのが昭和35年12月(奥付による)。
すると単行本は最終エピソードよりも先行して発売、あるいはほぼ同時に発表された?
それはともかく「人造人魚」が雑誌発表されたのは昭和36年8月のこと。
蛭峰幽四郎博士が好評にてアンコール執筆したのか、それとも軽い気持で再登場させたのか、
真相を知る手掛かりがどこかに残っていればいいけど。



先程書いたとおり、最初は大河内や楠田匡介のようなヤクザやチンピラの跋扈する探偵小説は嫌だったが、今ではこうして抵抗なく読んでいるのだから、我ながら現金なものだ。大河内の著書は入手難なので、単行本未収録作だけでなく既刊収録作も続々再発してほしい。
今日の「女妖」はお休み。