2022年5月4日水曜日

『辻村寿三郎作品集 新八犬伝』

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復刊ドットコム 高木素生(写真)
2017年1月発売




★★★   『新八犬伝』と『真田十勇士』では
               人形の表情に大きな違いがある




NHK連続人形劇「新八犬伝」のために辻村寿三郎が制作した人形の数々を被写体にした写真集。次作「真田十勇士」も同様の写真集がリリースされている。これまで何度も嘆いてきたとおり、この二つの番組の映像をNHKが殆ど保存してこなかったため番組の魅力を令和のいま感じ取ることは非常に困難。それゆえDVD、ノベライズ本に次いで当時の熱気を多少なりともシェアできる公式アイテム、それがこの写真集だといえる。

 

 

 

この本のオリジナル旧版はNHK系列の出版社である日本放送出版協会からリリースされていた。その頃辻村はジュサブローと表記していたので旧版でのクレジットは辻村ジュサブローだったが今世紀に入って本名の寿三郎表記に変えたため、今回のクレジットでは全て辻村寿三郎になっている。帯のデザインもすっかり変わっているし、『辻村寿三郎作品集 真田十勇士』のほうには新しく坂東玉三郎のエッセイがプラス。当時の定価は3,000円だったが、この新版は5,060円。まあ復刊ドットコムからの再発だと、どうしても高めの価格にはなる。

 

 

 

内容は人形の〝かしら〟(=頭部)をメインとし、カラーとモノクロそれぞれのページで接写。この写真集を眺めることで、よりディティールを確認できるメリットがあって、

 

✿ 人形の肌に使用されている〝縮緬(ちりめん)〟素材の質感。

  細部というのはやっぱり接写してみて、よくわかるものだ。

 

✿ 「新八犬伝」と「真田十勇士」では、人形の顔の作り方がだいぶ異なっている。

  例えば眼(まなこ)。

  「新八犬伝」の人形はだいたいどれもカッと見開いた目をしているが。

  「真田十勇士」の人形の目は、細く切れ長なのが特徴。

  中には戸沢白雲斎/徳川家康/柳生但馬守のように、

  まるで目を閉じているかのごとき表情に作られているものも多い。

  口元の装いの違いにも注目したい。

 

 

 

その他にも、この写真集を開けばDVDやノベライズ本では見る事のできないキャラクターがどんな顔の人形に作られていたのかが解って楽しい。犬塚信乃琉球篇に登場する毛国禎、物語終盤で管領軍と里見軍どちらにつくのか視聴者をジラした北条早雲、犬崎新をフィーチャーした丹後國篇に登場する橋立小女郎あたりが見られるのはいいね。北条早雲の顔も相当コワイけど蟇六や馬加大記クラスになるとデフォルメしすぎて、もはや人間の顔をしていないのはどうなのよ。

その反面『辻村寿三郎作品集 新八犬伝』では雑兵とか腰元といった無名のキャラ達にページを割いている反面、扇谷定正/巨田薪六郎助友/海賊・漏右衛門/朦雲といった名悪役しかり、犬村角太郎の許嫁・雛衣や、何より運玉ノ義留が載っていないのはさびしいですな。




映像が残されなかったぶん、この写真集が劇中での各場面をフルカラーで撮影したものだったら★10個ぐらいの勢いでもって大絶賛していただろう。番組を撮っている最中に度々スチール撮影するのはなかなか難しいだろうなとは思うけれども、映像はおろか劇中写真さえしっかり残っていないのだから、それが惜しまれてならない。

あと、当時この本を編集した人ってあまり番組の事をよく理解していなかったのでは?左母二郎が左母次郎になっていたり、各自の名前がちゃんとフルネームで表記されていないとか(例えば安西景連だったら、景連としか書かれていない)その辺にも不満は残る。

 

 

 

巻末にはエッセイもあり、「新八犬伝」の脚本を担当した石山透も寄稿者のひとりとしてこんな発言をしている。


〝「南総里見八犬伝」はご存知のように大長編で、特に序盤の伏姫と犬の八房が死ぬまでのおもしろさは、獣姦という怪奇性もあって抜群です。しかしそのあとは、話がすすむにつれてそれほどでもなくなるという奇妙な作品ですから、テレビ向きの脚本に作り変えるにもそれなりの苦心がありました。〟


いまBlogで書き続けているように、確かに成長した犬江親兵衛が中心となってからの「南総里見八犬伝」にあまり人気がないのは否定しようがない事実だけど〝(伏姫八房譚のあと)話がすすむにつれてそれほどでもなくなる〟とはちょいと言い過ぎじゃないの? それに獣姦って・・・。

 

 

 

八犬士は伏姫と八房の間に生まれた子供だってことで、世の中では「八犬士とは人間と犬が性交して誕生した子供」だと勘違いしている人が多い。言っとくけど伏姫が八房に体を許したみたいな描写は一度として原作には無い。あくまで人と畜生の精神的結婚のもとに八犬士はこの世に生まれたのであって、彼らにはそれぞれ現世における産みの父母が存在しているのだから、決して伏姫は八房に犯されて八人の子供を産んだ訳ではない。「南総里見八犬伝」の中で獣姦といえるのはニセ赤岩一角と窓井の間に生まれた牙二郎ぐらいでしょ?(♀側が畜生の場合も含むのであれば蟇田素藤と妙椿も該当する)あれだけ曲亭馬琴の他の作品も読み「新八犬伝」の中に取り込んでいた石山透にして、伏姫と八房を獣姦の夫婦だと誤解していたのならば私はとても残念。

 

 

 

(銀) 本日の記事を読んで下さった方のうち、この辻村寿三郎作品集『新八犬伝』『真田十勇士』を買おうか買うまいかと迷いながらまだ入手できていなかった方へ、ささやかな朗報。只今楽天ブックスは定価のほぼ半額でセールを開催中。ご所望ならば至急楽天ブックスへGO。ただしセール期間は615日までとはいえ、販売部数はホンの少ししか残っていない。本当に好きな人が買えるよう、幸運を祈る。




「新八犬伝」の総集編となる回では伏姫八房譚が毎回リピートされていた理由が、本書における石山透のエッセイを読むと腑に落ちる気がする。彼にとってはあの序盤部分こそが八犬伝の全てだったんだな。そう考えると処刑された玉梓を怨霊にして、犬士達が苦しめられる場面には必ず登場させるようにした意図も見えてくるし。

 

 

 

「新八犬伝」ノベライズ本にも相当省かれている箇所がある事は前にも触れた。これ以上映像の発掘が望めないのであれば、せめて全464話の脚本ぐらい誰か残してくれてはいないかな。ノベライズ本は石山透が脚本にした全ストーリーのうち、単行本三冊に収まるように重金重之が構成したものであって完全とはいえない。もし全464話ぶんの脚本がすべて残っているのなら、それをコンプリートな形で再構成すれば、より濃厚な「新八犬伝」本が出来ると思う。その実現に向けてやる気のある出版社はいないか?全ての脚本を大事に残してくれている関係者の方はどなたかいらっしゃらないだろうか?