2020年8月10日月曜日

『いやいやながらルパンを生み出した作家~モーリス・ルブラン伝』ジャック・ドゥルワール/小林佐江子(訳)

2019年10月5日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

国書刊行会
2019年9月発売



★★★★  待望のルブラン伝だが、
         完全版ルパン全集が出ないことには



『戯曲アルセーヌ・ルパン』を読んで、私はルパン研究の先鋒ジャック・ドゥルワール教授の存在を知った。本国フランスでは彼のルパン~ルブラン研究文献、例えば今回の評伝なんて89年に発表されていながら、我が国では三十年経ってようやく邦訳版が刊行される有様だし、ルパンのほぼ全てのエピソードを収めた全集となると偕成社の子供向け書籍しかない状況。この分では大人向け決定版ルパン全集の刊行なんて夢のまた夢。

 

 

ルパン第一作「アルセーヌ・ルパンの逮捕」が世に出る前からルブランは非ミステリというか心理小説に拘っており、圧倒的にそっち方面のサクセスを求めていたようで、ルパン・シリーズは金を稼ぐための手段だったみたい。伝記というと、主人公が最初の成功を掴む迄の雌伏の時代は華やかさが無く、その部分は我慢して読まねばならない場合もあったりする。「ある女」や「死の所産」などの非ミステリ小説は今後も日本で翻訳されないだろうから、そのアウトラインだけでも知りたいのだけど、あの「青い鳥」で有名なメーテルリンクの恋人だったルブランの妹ジョルジェットの流転のほうが著者ドゥルワールからすると重要らしくて。

 

 

昨年出たドゥルワール著『ルパンの世界』(水声社/発売からまだ一年しか経っていないのにもう流通が無くなっている!)はガイドブック風でもなければ、ルパン物語のエピソード&キャラクターを掘り下げたりシャーロキアンっぽく事件の時間軸を検証したりする内容でもなかったので、私は梯子を外されたような読後感を持ったものだ。

彼の著書として二冊目の邦訳になる本書はそこまで肩透かし感は無かったもののルブランのことをやたら〝フランスのコナン・ドイル〟と表現している点が目に付く。こういうのってイギリス人に対するフランス人のコンプレックス?

 

 

なにゆえルブランはルパン物語へシャーロック・ホームズを(一度ならず何度も)登場させる愚行に走ったのだろう?皮肉屋のホームズにも会話の中で先達たる探偵ルコックをクサしているシーンがありルパンもあの程度の口撃にとどめておけばよかったのに、エルロック・ショルメスなどと名前だけ変えたって後の祭り。しかもホームズのみならずワトソンまで酷い扱いをされた日にはドイルから抗議されて当り前。世界中のシャーロキアンを敵に廻す必要はなかった。

 

 

本書を読むと、そんな事しなくたって当時ルパンは十分世界で人気を博していたのがよく解る。でもドイルからの抗議とか都合の悪そうなところをドゥルワールはサラっと回避していますな。あと、この著者はフランス人のミステリ作家(ボアゴベやガストン・ルルー)に最低限の言及はあっても、ミステリ自体にはそれほど広く関心を持っていないように思えた。

 

 
 
翻訳担当/小林佐江子のあとがきによれば残存するルブラン関連の資料がかなり少ない状況下で本書は執筆されたらしいし、この評伝が労作であることは特に否定しない。ただなぁ、本書と『ルパンの世界』を読む限り、私の読みたいルパン~ルブランに関する批評は、論創社が出した『戯曲アルセーヌ・ルパン』評論パートのほうがしっかりツボを付いてた気がするけどなあ。

 

 

次は日本人が腰を据えて書いた最新のルパン評論が読みたい。でもその前にまずは詳細な解説・註釈・初出挿絵を付けた大人向けの決定版ルパン全集を出さんことにはどうにもならんじゃろ?





(銀) 「ジャック・ドゥルワールこそ世界屈指のルパン研究家」と聞いていたわりに『ルパンの世界』はさして深くもない情報の列挙ばかりでガッカリした。その余波で本書を見る目も若干厳しくなったかもしれない。

 

 

813の謎』(☜)の記事にも書いたことだが、日本におけるルパン・ファンクラブ「ルパン同好会」って何故もっと読者層を広げようとする努力をしないのだろう?シャーロキアンの前例を挙げれば、長沼弘毅が60年代にホームズ研究書の執筆を開始、それを発展させるべく小林司・東山あかね夫妻が70年代以降、長沼の業績を引き継いで数多の研究書を世に送り出すだけでなく日本シャーロック・ホームズ・クラブの運営にも尽力してきた。

 

 

あそこまでやるのは無理だとしても、ルパン研究者だってもう少し遣り様があったのでは?住田忠久は某所で、「いくら提案してもアルセーヌ・ルパンに関する本の企画を出版社が受け入れてくれない」と怒っていたが、本当に日本の出版社はルパンそしてルブランにちっとも興味を示さないのだろうか? マンガとして私は全然面白いと思わないが、森田崇が『怪盗ルパン伝 アバンチュリエ』に取り組んでいるのもアルセーヌ・ルパンのファンを増やしたいからでしょ。

 

 

小学校の図書室にジュヴナイル本が常備されているぐらいメジャーな存在でありながら、ルパン~ルブランはコナン・ドイル/江戸川乱歩と違って固定客が付きにくい。それは、 

1. 主役が怪盗だから? 

2.   国内におけるルパン研究者の努力が足りないから? 

3. 認知度は十分あるけれど、小説としてもミステリとしても深みが足りないから? 

4. ルパン三世が浸透しすぎて、もう日本人は腹一杯になってしまったから? 

その理由を考えるとすれば、こんなところしか思い浮かばない。2を問うのは酷な気もするけど、いずれにせよ難題ではある。