2024年8月22日木曜日

『ゴシック文学神髄』東雅夫(編)

NEW !

ちくま文庫
2020年10月発売



★★    終りのない傾き




買った新刊は長い間放置せず、その都度消化してゆく習慣だけれども、この文庫は書店のブックカバーを外しもせず、目の届かぬところにほったらかしていたため、買った事さえ忘れていた。それぐらい低いテンションで贖った一冊である。

 

 

 

「詩画集 大鴉」

エドガー・アラン・ポオ(詩)ギュスターヴ・ドレ(画)日夏耿之介(訳) 

「大鴉」

エドガー・アラン・ポオ(著)日夏耿之介(訳) 

「アッシャア屋形崩るるの記」

エドガー・アラン・ポオ(著)日夏耿之介(訳)

 

かつての学研M文庫・伝奇の7『ゴシック名訳集成~西洋伝奇物語』と全く同じオープニング。「詩画集 大鴉」はちくま文庫が使っている紙の質が学研M文庫よりチープなので、画の鮮明さが数段落ちる。巻末の【編者解説】における東雅夫の〝薔薇十字社から1972年に出た大判詩画集『大鴉』は、一見洋書と見まがうようなダンディで瀟洒な造本〟という文章まで『ゴシック名訳集成~西洋伝奇物語』そっくりそのままで、萎える。

 

 

 

「オトラント城綺譚」

ホレス・ウォルポール(著)平井呈一(訳)

 

これも『ゴシック名訳集成~西洋伝奇物語』に収録されていた古典。同じ平井呈一訳でも、あちらは「おとらんと城綺譚」タイトル表記で擬古文訳ヴァージョンを用いているのに対し、本書はタイトル表記を「オトラント城綺譚」とする現代語訳ヴァージョン。後者は平井が生粋の江戸っ子だからか、こんな語調が飛び交っている。

 

「コリャ下郎!その方、なにを申すか?」「や、南無三宝!」
「ウヌ猪口才なやつ!」「ディエゴ、下がりおろう!」
「じゃほどに、姫はおまえさまのお心の秘密をほじくり出そうとおっしゃったのでざんすぞえ」

 

・・・時代劇か?この現代語訳の圧倒的な読み易さを採るか、擬古文訳の典雅さを採るか、好みは分かれるだろうが、私は擬古文訳のほうが良い。

 

 

 

「ヴァテック」

ウィリアム・ベックフォード(著)矢野目源一(訳)

これも伝奇の匣8『ゴシック名訳集成~暴夜幻想譚』に入っていたもの。底本にも学研M文庫のテキストが使われており、「それならいっそ伝奇の匣を丸ごと再発すればいいのに」とさえ思う。

 

 

 

「死妖姫」

J・シェリダン・レ・ファニュ(著)野町 二(訳)

唯一の伝奇の匣・未収録小説。とはいっても、昔から本作は「吸血鬼カーミラ」として創元推理文庫など色々な本で出回ってきたし、2023年には南條竹則訳「カーミラ」を含む光文社古典新訳文庫が発売されている。以上のラインナップでは、さすがに新鮮味が無さすぎて、読んでも盛り上がらない。

 

 

 

昨今、同人出版で三上於菟吉の本がちょくちょく出ているが、於菟吉の読むべきおすすめ作品を早くから紹介していたのは他ならぬ東雅夫だった。東なら於菟吉の良いものをチョイスして一冊作れそうなのに、それさえ出来ないのが歯痒くて仕方がない。

 

 

 

(銀) 伝奇の匣シリーズはout of printになって古書価も高くなりがち。よって若い層・新しいユーザーを少しでも救済するために本書は企画されたのかもしれない。それはそれで意義はあるだろう。でも、彼の編纂した本を長年読んできた者からすると、藤原編集室が近年創元推理文庫から出している日本の探偵小説の本が、過去の国書刊行会〈探偵クラブ〉シリーズの焼き直しにすぎないのと同様、同じマテリアルばかり買わされるのはキツイ。





■ 東雅夫 関連記事 ■