■「猟奇商人」 城昌幸
■「薔薇悪魔の話」 渡辺啓助
■「唄わぬ時計」 大阪圭吉
■「オースチンを襲う」(随筆) 妹尾アキ夫
■「懐かしい人々」(評論) 井上良夫
■「悪魔黙示録について」(随筆) 大下宇陀児
■「悪魔黙示録」 赤沼三郎
■「一週間」 横溝正史
■「永遠の女囚」 木々高太郎
■「蝶と処方箋」 蘭郁二郎
探偵小説の歴史を断面的に手軽な年鑑っぽく見せる本書は久々の大満足なアンソロジー。 ホームズ・乱歩のパスティーシュ集みたいなのは他社にやらせておけばいい。 やっぱりミステリー文学資料館の本はDeepでないと。
城昌幸・横溝正史・木々高太郎以外は全て入手難なとても有難いセレクション。 一九三八=昭和13年は日本が中国と戦いの火蓋を切ったため、時局柄探偵小説の執筆に暗い影が差し始める年。幸い本書収録作品には軍靴の音はまだ大きくは聞こえておらず、 蘭郁二郎「蝶と処方箋」と、あと2作にごく僅かにその気配がある位か。 「一週間」の登場人物・日比野史郎はあの中村進治郎がモデルに見える。 横溝正史らしい遊びだけど、ちょっと結末が気の毒かな。
核を成す赤沼三郎短めの長篇「悪魔黙示録」。本書のメインテーマである昭和13年という時期にしては拙いが数少ない謎解き趣味のあるもので、元々もっと長い枚数で書かれていたのに発表時に編集部の意向でバッサリ短く刈り込まれてしまった。オリジナルの長尺原稿は失われてしまい赤沼本人もその後改稿する気が起きなかったのは残念だ。 本書には昭和22年の単行本に見られない見取図と地図が載っている。 これは初出誌『新青年』もしくは再録誌『幻影城』にあったものなのか? 編者が本書の為に新しく作成したとは思えないし。
大下宇陀児が「悪魔黙示録」の紹介文を書いているのは、赤沼三郎が九大の後輩ゆえ。 宇陀児は夢野久作しかり九州の探偵作家のプッシュによく手を貸したものだ。 赤沼三郎については『幻の探偵作家を求めて 完全版』に詳しい。山前譲よ、鮎川哲也のこの 超名著のリニューアルは日下三蔵などでなく貴方にやってほしかったのに。
戦前・戦後は問わないので、過去のアンソロジーや論創ミステリ叢書で手を付けていない作品をこの秀逸なミステリ・クロニクルで続々復活させてほしい。それにしても、都合の悪い事実にはすぐに情報操作・隠蔽工作を図る平成23年の日本は昭和10年代の戦時下と何も変わっていない。
(銀) その後『赤沼三郎探偵小説選』が刊行されたが「悪魔黙示録」は未収録なので、今でもこの本は持っている価値がある。赤沼の戦前戦後の著書を探していると、古書価がいくらに設定されているかはともかく、かもめ書房『悪魔黙示録』よりも日本文學社『怒涛時代』のほうが 市場に出るのが稀のような気がする。
かもめ書房の仙花紙本『悪魔黙示録』には、表紙絵が〝目玉ひとつ〟ヴァージョンと〝マスク〟ヴァージョンという二種のものが確認されている。同時期の刊行なのに、どういう意図でこんなにコロコロ表紙絵を変えたりしたのだろう? 似たような例では高志書房から出された仙花紙本の小栗虫太郎『謎の刺青』があって、 中身はまるっきり同時期に流通した高志書房版『屍體七十五歩にて死す』と同じなのに、 わざわざ書名を変えて売るという摩訶不思議な敗戦直後の出版事情よ。