B 現在絶賛開催中の神奈川近代文学館『永遠に「新青年」なるもの』展、2021年3月30日の当blog記事で取り上げた企画展図録ともリンクする文庫本が発売されたんですけど、『新青年』研究会というより浜田雄介がこの本も取り仕切っているので、従来のアンロソジーとは少し差別化された内容になってますね。
A そうだな。何はなくとも小説から見ていこうか。横溝正史は創作じゃなくてビーストンの 翻訳「決闘家倶楽部」。翻訳短篇はこれのみだけど、あと二、三作入れてもよかったかも。過去のアンソロジーにいつも入っていそうな定番創作でいうと「ニッケルの文鎮」甲賀三郎/「黄昏の告白」濱尾四郎/「空を飛ぶパラソル」夢野久作/「地獄横町」渡辺啓助/「妄想の原理」木々高太郎。
B それ以外は、どこかしら一捻りしたセレクトがされています。久山秀子「代表作家選集?」は江戸川乱歩・谷崎潤一郎・甲賀三郎・小酒井不木をネタに使ったパロディで、どっちかというと軽めのコントみたいな。城昌幸「神ぞ知食す」/渡辺温「降誕祭」は、いかにも彼らの特徴を示す掌編。
あと谷譲次「白い襟をした渡り鳥」/水谷準「追い駆けられた男の話」とか。本書は年代順に沿って全5章で構成されてるんですが、第3章以降から小説もマニアックなものになっていきます。まず海野十三ではなく丘丘十郎名義で書かれた「軍用鮫」、そして蘭郁二郎は「エメラルドの女主人」と渋いところを突いててちょっと嬉しいです。
A だよな。探偵小説自粛期となる第4章以降に見られる著名探偵作家の小説は小栗虫太郎だけで、南洋ものの「血と砂」。中村美与子「聖汗山の悲歌」は『中村美与子探偵小説選』でも読めるけれど、「祖国は炎えてあり」の摂津滋和や「クレモナの秘密」の立川賢、「放浪の歌」の鈴木徹男など、大抵の読者は知らんわな~。戦後版『新青年』からはあと二作、山本周五郎の忍ぶ恋を描いた時代もの「山茶花帖」と稲村九郎名義による三橋一夫の掌編「不思議な帰宅」。ここまで来ると、もう探偵趣味なんか1mmも無いぞ。
B いやまったく。で、収録小説をズラズラ紹介してきましたが、本書の本当の肝はそこじゃなくて小説以外の部分にあるんですよね?
B 初期の頃にも課題に対するアンサーを読者から応募する企画がありましたが、ここに収録されたのは作家(大下宇陀児)+ 挿絵画家(茂田井武)の出題するテーマ【奇妙な佳人】に応えて三人の作家(久生十蘭/石黒敬七/橘外男)がアンサーを提出したショート・ショートだったり。
本書のように600ページ価格1,600円+税というボリュームをもってしても小説をメインにせざるをえないから、それ以外の記事を載せるスペースはどうしたって限られてしまうんですが、そういった部分での〝遊び〟が『新青年』の強みでもあった訳ですから、是非とも神奈川近代文学館の企画展に行ってその魅力を掬いとってもらえたらいいですね。
A それと大事なのは、本書に収められたテキストは単行本ヴァージョンじゃなくて(当り前なんだけど)『新青年』初出ヴァージョンであるところ。最近リリースされる探偵小説本には、昭和中期以降に出された単行本のテキストで適当にお茶を濁しているケースが多くて困る。その点も浜田雄介なら安心して任せられるかな。
(銀) 本文では触れなかったが、本書は田所成恭「田中支隊全滅の光景」という軍記読み物で始まっている。実に場違いな内容で大正初期シベリア出兵時の話のようだが、これ実は、編集長だった森下雨村が積極的に採用したもの。最初の頃の『新青年』は海外雄飛奨励が売りだった。そしてまた、雨村の軍国主義が横溢していた事実も、この「田中支隊全滅の光景」を読むとよくわかるのである。