先に結論から言うと、これは怪奇小説・探偵小説・SF、いずれの愛読者もすぐ買った方がいい。最高の企画と最高の内容、2013年の新刊本No.1決定だ。米国の怪奇小説専門誌『ウィアード・テールズ』 → 怪奇小説アンソロジー『ノット・アット・ナイト』シリーズ掲載作を、日本人が戦前に翻訳・翻案したものを集成。一原作につき複数訳ある場合はゲテモノ度の高いものを優先したとのこと。
妹尾韶夫・延原謙・小幡昌甫・大関花子らによるラインナップは22篇。過去、これまで単行本に収録されてこなかった甲賀三郎「離魂術」に原作があったとは知らなんだ。同様に、本書収録の大関花子(訳)「片手片足の無い骸骨」と横溝正史「夜読むべからず」(こちらは本書未収録、『喘ぎ泣く死美人』を見よ)が同じ原作に基づいていたのも初めて知った。「死霊」の翻訳者・安田専一が安藤左門だったのも初耳。
『新青年』や『少年少女譚海』など、雑誌発表時の挿絵図版を(小さいが)掲載しているのも良いし、〈食人植物〉〈刳り抜かれた目玉の怨念〉〈生贄にした白人の肌を己に移植する黒人〉といったえげつない物語の後に、黒ジョークを交えた会津信吾の解説が笑わせてくれる。その上、藤元直樹による評論まであるという、丹念に書誌調査を重ねた戦前の大衆文学を研究する上でも非常に有益な、これぞプロの仕事というべき一冊。難しい漢字にも手を抜かずルビが振ってあるのでサクサク読める。1話20頁ぐらいなので、毎晩寝る前に少しずつゆっくり楽しむのもよし。
戦前の翻訳ものは読み易く刈込まれた抄訳が多く、完訳至上主義からそれが良しとされない場合が多い。けれども時には今回のように、戦前訳者の仕事を別の観点から眺めてみてもいいのではないだろうか。ルヴェル『夜鳥』や本書のような戦前翻訳の更なる復刻を期待したいし、翻訳ではないが、365頁で触れている甲賀三郎の科学小説集は誰かにと言わず、ぜひ会津信吾に出してもらえることを望んでやまない。
(銀) 日頃、新刊本・古書問わず次々と本を買うので、一度読んだものを再読する機会というのは(辞典のような性格の本を除くと)非常に少ない。そんな中、僅かな例外として何度も読み返してきた本がある。
〇『子不語の夢~江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』 中相作(監修) 皓星社
〇『貼雑年譜』 江戸川乱歩 東京創元社(講談社/江戸川乱歩推理文庫 特別補巻もあり)
〇『日本探偵作家論』 権田萬治 双葉文庫(他社の版もあり)
〇『探偵小説のプロフィル』<探偵クラブ> 井上良夫 国書刊行会
そして本書『怪樹の腕』。新しく買った本で至極つまらなかった時や読みたいと思う本が無い時など、思考回路をリセットするために、度々この五冊を引っ張り出して読んでいる。私にとって特に愛着のある大切な書物たちだ。
中相作がそうだが会津信吾もしかり、仕事の出来る人は twitter で毎日くだらない事をダラダラ呟いて時間をムダにしたりしない。藤元直樹も twitter のアカウントを持ってはいるようだが、殆ど発言には利用していない様子。昨今、オールドスクールな探偵小説の掘り起こしは論創社と日下三蔵の編纂する本ばかりで、こんな市場独占を許しているから誤字/間違いだらけの本が当り前のように出されてしまう。