翻訳と創作とでは使う頭脳の回路が違うようで。あの典雅なホームズ訳を手掛けた延原謙でさえ創作ものに傑作はないし、乾信一郎は動物・ユーモア小説しか書いてない。保篠龍緒もルパン訳ではそこまで気にならないが、創作ものになると悪文な印象を受ける。それを考えたら妹尾アキ夫の創作は翻訳仕事がメインの人としては例外的に、非常に優れていると言えよう。
横浜・神戸・上海と、彼が過ごした土地の香りに満ちた美しい二十短篇を収録。この人の作品って戦前の渡辺啓助に近い感触もある。かつて「人肉の腸詰」「凍るアラベスク」「恋人を喰ふ」「本牧のヴイナス」「深夜の音楽葬」「密室殺人」「カフェ奇談」「リラの香のする手紙」がアンソロジーに軒並採録された実績からしても、その品質の安定感が窺える。出来が良いだけに、もう一歩ポオやビーストン風から踏み出した刺激があったらな。
こういった小説以外の文章は、貴重な資料であるにも関わらず本になる機会が少ないのが実情。井上良夫『探偵小説のプロフィル』という手本になる前例もあるのだから論創ミステリ叢書でもたまには変化球として、何かテーマを決めて小説以外の評論・随筆だけを収録した巻を出してみては如何? 例えば単行本未収録ものを集めた『江戸川乱歩座談・対談集』とか。殆ど暴挙になりそうな次回配本予定『正木不如丘探偵小説選』(しかもニ冊出るらしい。ホントに大丈夫か?)よりは安定して売れる気がするけど。
本叢書の姉妹シリーズ「少年小説コレクション」は鮎川哲也の初出雑誌に揃わない号があって、仁木悦子が二番手になってしまった。サッカーの延長PK同様、二番手が決めるか外すかは後に大きく影響するよ。論創社は採算ギリギリの線でやっていると聞くから私は不安視している。
(銀) たとえ胡鉄梅からキツい作品評を喰らっても、書かれた側の作家が微動だにしない存在で、そんな毒を吐かれたところで本の売れ行きに何の影響も無いのだったら、きっと蚊に刺された程度にしか感じなかっただろう。しかしあの乱歩でさえ世評を気にするほど、日本の探偵小説の業界は狭かった。昔はSNSなんてくだらないものは無く、炎上するまでには至らなかったが、誰だっておひゃらかしたような言葉で批判をされたら、心中穏やかではないのは理解できる。
私は現在のミステリ業界の〈なあなあ感〉がキモくて肌に合わないので、Amazonのレビューであろうと自分のBlogだろうと、思ったままの感想を書いている。だから胡鉄梅を擁護するというよりも、時には胡鉄梅みたいにシニカルな発言をする人間がひとりぐらい居たほうが、生ぬるく褒め合ってばかりの連中だけで群れているよりずっと健全じゃないか、と思うのだ。チンケな罵倒の応酬じゃ読む気も失せるがね。
「少年小説コレクション」については、山田風太郎『夜光珠の怪盗』(2020年9月14日)、『本の雑誌 2019年12月号』(2020年9月15日)の項にて取り上げたから、ここではスルー。