この本は『ロック』の別冊みたいに見えるけれど、『探偵雑誌目次総覧』における『ロック』のバックナンバー一覧には含まれていないし、作り自体も単行本に近いので、今回はアンソロジーとして扱っている。
➹「千早館の迷路」海野十三
帆村莊六は事件の依頼者・春部カズ子と共に、栃木県の山奥にある「千早館」へやって来た。「千早館」とは帆村の舊友・古神子爵が十年の歳月を要して建てた館のこと。しかし、当の古神子爵は日本アルプスで雪崩に遭い、落命している。一方、カズ子の恋人・田川勇が突然書置きを残して失踪。その書置きの中には四方木田鶴子という名前が出てくるのだが、日本アルプスにて古神子爵が遭難した折、同行していたのがその女だった。
予想を裏切るゴシック・ホラー的結末は帆村探偵シリーズ全体を見渡しても珍しく、フリーキーな「千早館」へ潜入した帆村に夜光チョークを使わせる小道具のアイディアなど、海野らしくてイイ。ダーク・モードに徹底して完成度を高めていたら、戦後帆村短篇の代表作になっていたと思う。
➹「南蠻繪秘話」西田政治
戦後は江戸川乱歩率いる本格派グループに属していた西田。ネタは割らないでおくけど、〝赤い電光〟というのは、なにげに甲賀三郎が書きそうな題材かも。
➹「地藏さんと錐」井上英三
翻訳者として知られる井上英三にも僅かながら創作小説が存在する。本作は〝地藏さん〟の綽名で呼ばれ、何の特徴も無い商業學校の英語敎師・大比良漣吉が甲田警官から持ち込まれた事件を解決する〝田舎のホームズ〟みたいな内容。井上は本書刊行の翌年(昭和23年)逝去。
➹「無意識殺人(アンコンシャス・マーダー)」北洋
プロバビリティの犯罪を持ち出しているわりには全然面白くない。
➹「メガキーレ夫人の手」渡邉啓助
➹「怪鳥」城昌幸
ショートショートではないノーマルな短篇。かつて(語り手の)並木/田崎與十郎/相川了助の三人は親しい仲だったが、相川が自殺したその年、與十郎は中央線の寒駅から相当奥まった父祖の地へ何も云わず去っていった。そして今・・・與十郎の妻君サナエから手紙を受け取った並木はS・S湖畔の田崎家に来ている。與十郎はこの十年病臥しており、別人のように変貌。サナエが並木を呼んだことはなぜか聞かされていない様子。
「俺の病氣はな、俺の過去の罪への償ひなのだ。當然受けるべき罰なのだ・・・俺は、やがて死ぬだらう」と言って脅える與十郎。病状を診ている年配の医者・北原氏はそれを妄想だと宥めているわりに、與十郎も北原氏も並木に向かって多くを語ろうとせず。與十郎を苦しめているものは一体何なのか?
タイトルに雰囲気作り以上の意味が無いのが惜しいし、日本の探偵小説によくありがちな話かもしれないけど、本書の中ではこれが一番無難な出来。
➹「鎌の殺人」下岡松樹
この作家、名前に聞き覚えが無いな。さも犯罪実話みたいな文脈で進行するため、そういうもんだと思って読んでいたが、後半になり探偵役として作家・松井四郎登場、被害者である令嬢の顔を斬り裂いた原因がスーパーナチュラルなものだと明らかにされ、やっと「なるほど、これ創作だったんだ」と判る。前半が犯罪実話調でなければ書き方次第ではずっと印象良くなったのに。
➹特輯 獵奇ヴアラエテイ
「電氣椅子秘話」靑江耿介/「ねを・でかめろん」土岐雄三/「淫魔ラスプーチン」中島親
(銀) 2002年に光文社文庫『甦る推理雑誌1「ロック」傑作選』が刊行されているとはいえ、本書からあの文庫へ再録された作品はナシ。四年の短命だったけど、『ロック』に作品提供している作家は戦前派から戦後派までバラエティに富んでいた。