2021年3月15日月曜日

『幻の探偵雑誌10「新青年」傑作選』

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光文社文庫 ミステリー文学資料館(編)
2002年2月発売



★★★★   佐左木俊郎の異色作「三稜鏡」



『佐左木俊郎探偵小説』の短篇収録内容がなんともセコく、それを少しでもフォローするため、約二十年前のこのアンソロジーを取り上げる。『新青年』から編まれたアンソロジーは過去にいくらでもある。そこのところをしっかり踏まえてマンネリにならないよう定番作家/人気作をバッサリ除外した渋めのセレクトがgood



佐左木俊郎 「三稜鏡(笠松博士の奇怪な外科医術)」
 
ともすれば土臭い内容ばかりの佐左木にローカル色の無い医学ものというのは実に珍しい。
〝切り離された人間の頭部と胴体を接合する手術〟から始まるグロな素材は戦前の日本探偵小説(例/小酒井不木や大下宇陀児など)に見られる典型的な変格で、あれだけリアルな社会格差に拘っていた佐左木がしっかり枚数を与えられて正統派のダークな探偵小説を書いたというのに、ちょっと調べたらこの「三稜鏡」は彼の単独著書で一度も収録されていないのが判明して、呆気に取られる。

 

 

要するに探偵小説の書き手として全体像が顧みられる事も無く、没後の佐左木は農民文学/プロレタリア文学サイドの視点でしかアプローチされなかった弊害により、「三稜鏡」みたいな作品は一切評価の対象にされてこなかった訳だ。

だからこそ論創ミステリ叢書で率先して収録すべきだったし、『佐左木俊郎探偵小説選 Ⅰ 』 の解題であれだけ横井司がこの作品を紹介して推していたのにスルーでしょ?こうやって私が文句を垂れると慌てて『 Ⅲ 』を出して「三稜鏡」を落穂拾いしそうだけど、他人からいちいち云われる前に自らのアタマで考えて本作りしなきゃ駄目なんだよ、論創社編集部は。


 

                   



それ以外の本書収録作にも簡単に触れておく。このアンソロジーが出た後に様々な本がリリースされたので、次に挙げる十一短篇は現行本、もしくは平成以降に発売された書籍で容易に読めるようになった。この中で戸田巽だけ一言コメントしておきたい。当blog『戸田巽探偵小説選 Ⅱ 』の項では彼に対して厳しい意見を述べたが、『 Ⅰ 』に入っていて本書にも収められた満洲から朝鮮半島へ向かう鉄道ミステリの三の証拠」は彼の作品の中ではまあまあ出来の良いほうだ。


 

平林初之輔 「犠牲者」     ➤ 『平林初之輔探偵小説選 Ⅰ 』

小酒井不木 「印象」      ➤ 『怪奇探偵小説名作選10 小酒井不木集 恋愛曲線』

羽志主水  「越後獅子」    ➤ 『戦前探偵小説四人集』

 

瀬下耽   「綱」       ➤ 『瀬下耽探偵小説選』

妹尾韶夫  「凍るアラベスク」 ➤ 『妹尾アキ夫探偵小説選』

濱尾四郎  「正義」      ➤ 『濱尾四郎全集 1 殺人小説集』

 

戸田巽   「第三の証拠」   ➤ 『戸田巽探偵小説選 Ⅰ 』

勝伸枝   「嘘」       ➤ 『延原謙探偵小説選 Ⅱ 』

延原謙   「氷を砕く」    ➤ 『延原謙探偵小説選 Ⅰ 』

 

赤沼三郎  「寝台」      ➤ 『赤沼三郎探偵小説選』

守友恒   「燻製シラノ」   ➤ 『守友恒探偵小説選』 


 

                    



それ以外のものは戦後の単行本では、未だに本書のようなアンソロジー等でしか読めない。

 

川田功 「偽刑事」

元軍人で、そののち博文館に入社するという変わった経歴の川田。街頭で丸髷のいなせな美人を見つけた男はついその後を尾けてデパートへ。その女が万引行為を働いたのを目撃し、事もあろうに男は女を呼び止め刑事のふりをして問い詰めるが・・・。笑いを求めて書いたんじゃないだろうけど滑稽なオチ。

 

 

持田敏 「遺書」

他に見つかる作品が無いし、素性も全然解らない作家。親友である内山検事を訪ねた弁護士の〝私〟は、彼らが関係した事件の証人から送られてきた ❛復讐の鬼❜ を名乗る長い長い遺書を読まされる。後藤雪子絞殺事件には恐ろしき錯誤が隠されていたのだ。謎の反転は悪くないけど ❛小乱歩❜ と称して褒める程のものではない。

 

 

渡辺文子 「地獄に結ぶ恋」

『挿絵叢書 竹中英太郎(三)エロ・グロ・ナンセンス』にも「復讐の書」が収録されていた女性作家。昭和7年坂田山心中事件というカップルの自殺があり、それを題材に使った映画『天国に結ぶ恋』が制作されたのがきっかけで、世間では心中が一種の流行となった。本作のタイトルがその映画をパロっているのは一目瞭然。この人の作風は好みなので、せめて単行本が一冊出来るぐらいの探偵小説を書いてほしかった。

 

 

乾信一郎 「豚児廃業」

これは上記の「偽刑事」と違い、最初からユーモア路線を狙って書いたもの。かなり前から論創ミステリ叢書での発売が予告がされているから『乾信一郎探偵小説選』がもし出たら、きっと収録される筈。もっとも今のフラフラした刊行ペースでは、いつ発売されるか分かったものではないが。

 

 

竹村猛児 「三人の日記」

日中戦争が始まり、探偵小説が不自由になってから世に出た人なのであまり知られていないが、竹村の昭和17年の単行本『蜘蛛と聴診器』は立派な探偵小説集だ。そしてこの「三人の日記」は『蜘蛛と聴診器』の掉尾を飾っている作品。医学系の人でその方面の著作が多く、ここではある女性の喀血を巡って書かれた三人三様の日記をひとつづつ並べてゆき、最後にしょうもないどんでん返し(?)で〆る。

 

 

 

(銀) 別の単行本で読める読めないは置いといて、よく練られたセレクションだから本当なら躊躇わずに★5つにしたいのだが、『幻の探偵雑誌 3「シュピオ」傑作選』の項で書いたとおり、このシリーズは言葉狩りの語句改変が横行している。ところが白痴や気狂いといった標的にされそうなワードが、本書ではなぜかそのまま残っていた。一作一作『新青年』のバックナンバーと照らし合わせた訳ではないから、全面的に信用して★5つにすることはしない代りに、決定的な言葉狩り箇所が見つかってないので大きな減点もしないでおく。あー、ややこし。