2023年3月16日木曜日

『14歳〈Volume.3~4〉』楳図かずお

NEW !

小学館 Big Comics Special 楳図パーフェクション!(13)
2012年12月発売



★★★★   ② 改めて作者の奇想に敬意を表す




 物語も折り返し地点を過ぎVolume.34を読んでいくと、本作の主人公が実はチキン・ジョージではないらしいことが次第に判明してくる。そして、人間の本性がどれほど残虐だったかという事実も・・・。


 

Volume.3

4章  地球重態                                       第5章  子ども選び

6章  大破滅 第1節 UFO大飛来     第7章  大脱出

 

Volume.4

7章  大脱出        第8章  人類最後の日

9章  人類滅亡後の旅    最終章  ムシ

 

 

 前回の記事から引き続き紹介している愛蔵本『14歳』は、本編が印刷されている紙のベースの色が一冊の中で微妙に異なっていたり、扉頁にエンボス加工が入っているだけでなく、このUmezz Perfection!版を〝完全版〟とするため最終巻Volume.4における本来のエンディングのあとに加えられた、フルカラー18ページ新しく描き下ろされた最終形完結シーンを読むことができる。更に読み応えたっぷりの楳図かずお超ロングインタビューもあり、今までのコミックスを全巻持っているからUmezz Perfection!版を買うのを控えていた人でさえ、Volume.4だけはどうしても買わざるをえない。本来のエンディングの何倍もドラマティックで、感動的な余韻を残す結末に生まれ変わった。

 

 

 思い返してみると、子供の頃初めて読んだ楳図マンガは何だったか忘れてしまったが、作風がコワイ以上になんとも食欲を減退させる絵だなァと強く感じたものだ。ホラーで気色悪い場面も多い「14歳」だが、フューチャーリスティックな物語なので〝SFの美しさ〟と悪趣味そのものの〝グロテスクさがせめぎ合い、えも言えぬ効果を上げている。

 

 

本作を最後に楳図は長い休筆に入った。その理由のひとつは腱鞘炎だそうで、いつの頃からそれが悪化したのか定かではないが、「まことちゃん」に比べると「14歳」は連載開始時から「線が震えているな」と思って私は『スピリッツ』を読んでいた。「まことちゃん」から既に十年経っているのだから画風が変化するのは当り前なのだけど、本作の連載期間が長くなるに従い腱鞘炎の痛みがひどくなっていったのか、Volume.4あたりの絵はVolume.1よりも粗く、あまり喜ばしい事ではない。

 

 

〝もの(=人工人間)〟による殺人プロレス/天女のようなフォルムをした異星人の襲撃/選ばれた幼児達がチラノザウルス号に乗船して地球を脱出したあとのくだりは、画質が低下しているせいか、或いはストーリー進行に迷いが生じているのか、はたまたチキン・ジョージが物語の最前線から一歩引いてしまうからなのか、Volume.2までと異なりホンのちょっとだけもたつきを感じる。今日の記事でVolume.34の★の数をひとつ減らしたのはそれが理由。けれど総体的に見て、並外れた大作であるのは否定のしようがなく、此の儘「14歳」が楳図かずお漫画家人生のグランド・フィナーレになるのを寧ろ私は望んでいるぐらい。

 

 

 今日の記事の左上にupしたVolume.4の書影(右側)に見られる、いとけない表情の生物が何なのか、本作をまだ読んだことがない方は最後まで読んで、その正体に愕然となってほしい。通常のビッグコミックスにして二十巻をも重ねた「14歳」は奇才・楳図かずおのマグマを吐き出したような、一言ではとても概要を説明しにくい作品だが、結末を見事に着地させているだけでなく悪夢の中にも一条の光が差しているのがイイ。雑誌や通常の単行本でチョビチョビ読むよりぶ厚い愛蔵本で纏めて一気に読むほうが、作品の広がりを掴みやすいのではないだろうか。

 

 

 我々の現実社会が「14歳」に描かれている地球滅亡の時が訪れる西暦2121年に追い付いてしまうまで、あと98年・・・。

 

 

 

(銀) 生ぬるい映画や小説のSF/ミステリで時間とカネを無駄にするぐらいなら、この漫画を何度もじっくり読み返したほうがはるかに楽しめる。あ、でもUmezz Perfection!版『14歳』はぶ厚いから読んでいて本のノド割れには注意すること。





2023年3月15日水曜日

『14歳〈Volume.1~2〉』楳図かずお

NEW !

小学館 Big Comics Special 楳図パーフェクション!(13)
2012年11月発売




★★★★★  ① チキン・ジョージという怪物の存在感だけで
            成功は約束されたようなもの




 書誌的な話から本日は始めよう。今世紀になって楳図かずお作品のスペシャルな愛蔵本(=Umezz Perfection!)が出た。今のところ最後の長篇になっている「14歳」も2012年にUmezz Perfection!版が発売され、いつ頃初版が売り切れてしまったのかわからないが2022年の「楳図かずお大美術展」の開催に合わせ第二刷出来。だから、現在新刊書店に残っているものはすべて第二刷。

 

 

何故そんな話をするかというと初版発売時には帯に応募券が付いており、Umezz Perfection!14歳』全四巻購入者には特典として『漂流教室創作ノート』がプレゼントされていたんです。それ知らんかったから私は最近になって第二刷で買い揃えました。で、愛蔵本なのに第二刷は帯がもれなく付いていない。まあプレゼント企画をやっていたのは初版時の期間限定で応募がもうできないのは諦めるとしても、愛蔵本なんだし応募券が印刷されていない帯を作り直して本体に巻き直してもいいんじゃないの?と思う訳。というのは第二刷は初版より1,000円ほども価格が高くなり(!)第二刷ってどんだけ少部数しか刷ってないんじゃ!! と小学館に問い詰めたい気分だから。

 

 

Umezz Perfection!のブックデザインは祖父江慎+吉岡秀典が担当、既刊作品は装幀があまりにも凝りすぎというか勇み足で楳図ファンからブーイングが出ていたらしいが、『14歳』の装幀に関して極端に「やだなあ」と思うことはない。ちなみにVolume.1852頁で、Volume.2944頁、Volume.3になると1264頁、Volume.41203頁。並みのぶ厚さではないから「読みにくいわい」と文句言う人がいるそうだけど、これも私はそこまで気にならない。確かにハードカバーじゃないから、扱いには気を付けないと表紙のカドを折り曲げてしまいがちではあるけれども。一点だけ許し難い事といえば帯が無いのにプラスして、カバーが通常のコミックスのようなコーティング加工がされておらず「コピー用紙みたいじゃん!」と揶揄されるような紙質で、特に問題なのがカバーの背の部分。四冊並べた画像をお見せしましょう。

ホラ、カバーの背に惹句なんて入れるものだからかなりダサい。本体はよく出来てるのに、ここだけが惜しい。

 

 

 

♠ いつもならばその本のおおよその筋は紹介しているけれど、本作の超ド級にスペクタクルで混沌としたストーリーを文字にしても薄っぺらいだけだから、各章題だけ記しておく。

 

Volume.1

1章  チキン・ジョージ    第2章  緑の髪の少年

Volume.2

3章  不老不死の血    第4章  地球重態

 

私は本作のコミックスを買っておらず『ビッグコミックスピリッツ』連載時しか読んでないので三十年ぶりの再読となる。やっぱUmezz Perfection!版 Volume.1の収録部分、つまりチキン・ジョージの誕生そしてマッド・サイエンティスト化、そしてグランド・マスター・ローズが登場してくるあたりが最も鮮明に記憶に残っていた。初版のUmezz Perfection!版 Volume.214頁と15頁が手違いで入れ替わっていたそうで、正しい頁順にこだわるのなら第二刷のほうがいい。要するに帯が欲しいからといって古本の初版に手を出すとそういう落し穴がある。しかも他の作品のUmezz Perfection!版より、『14歳』の帯付き初版全巻古本セットは中古価格が高く付けられていることが多い。そんな理由から結局私は新品の第二刷を入手したが、今から買おうとする方は自分が何を優先したいのか、よく考えた上で購入しないとあとで後悔するかも。

 

 

 

(銀) 「14歳」は小学館文庫版が今でも現行本として流通してるし、初刊のビッグコミックス版を古本で全巻揃えて読む手もあるのだが、どんなに価格が高くどんなに本の束がぶ厚くとも、Umezz Perfection!版で読むべきメリットがある。それが何かは次回の記事にて語るとしよう。②へつづく。





2023年3月11日土曜日

日本人の出版モラルは地に落ちたのか

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本日、☜マークで示した箇所にはリンクを張っているので適宜クリックしてご覧下さい。さて、半月ほど前だが『名張人外境ブログ2.0』にて、このような記事がupされていた。

「雪国はいまもつらいか」(2023222日付記事) 

 

日本人のモラルの低下というか、本を作る人間がどれだけ校閲をないがしろにしているか、その見本を人外境主人・中相作はピックアップして嘆いておられる。以下、下線は私(銀髪伯爵)によるものです。


➊ 『朝日新聞DIGITAL2023218日付記事 「人体模型に江戸川乱歩?〈大正レトロ〉な金魚カフェ、人気の秘密は」(筆者:大滝哲彰)の中で、「幽霊」が「幽霊」と誤記されている件。

 

➋ 教科書会社最大手の東京書籍が発行した高校地図教科書に、なんと約1,200箇所もの誤りがあった件。しかも、こんな状態なのに文部科学省は教科書検定でこれをヘーキで合格させており20224月から実際に高校で使われてしまっていた。中相作が記事のタイトルにしている〝雪国はいまもつらいか〟というのは、だいぶ前に新潟の「雪国はつらつ条例」を東京書籍が教科書上で「雪国はつらいよ条例」と記載し、それもまた国が堂々とスルーさせていたみっともない笑い話をオチョくったもの。版元も版元なら役人も役人で、ホントにどうなってるんでしょうな。


                    

 

不肖ワタクシめもこの『銀髪伯爵バードス島綺譚』にて、他人様の著作を本にさせてもらってるくせにテキストの校正・校閲を全くしようともせず、中にはあろうことか底本の内容を改竄までしている疑惑がある連中を糾弾する記事を書いてきた。

 

論創社 関連

『幻の探偵作家を求めて【完全版】(上)』 鮎川哲也

「鮎川哲也と幻の探偵作家達にもっとリスペクトを込めて復刊してほしかった」

『幻の探偵作家を求めて【完全版】(下)』 鮎川哲也

「論創社とミステリ業界の堕落」

 

湘南探偵倶楽部 関連

『マヒタイ仮面』 楠田匡介 

「① 湘南探偵倶楽部が販売してきたもの」

「② テキスト崩壊」

「③ どういった理由で湘南探偵倶楽部は改竄を続けるのか」

 

捕物出版/大陸書館 関連

「他人の小説を、テキストの最終チェックもせずに平気で売り捌く愚人達のこと①」

「他人の小説を、テキストの最終チェックもせずに平気で売り捌く愚人達のこと②」

 

善渡爾宗衛/小野塚力/杉山淳/盛林堂書房 関連

Q夫人と猫』 鷲尾三郎 東都我刊我書房

「企画そのものは大変嬉しいけれど・・・」

『葬られた女』 鷲尾三郎 東都我刊我書房

「テキストの校正をここまで無視して発売された新刊を私は見たことがない」

『影を持つ女』 鷲尾三郎 東都我刊我書房

「三冊連続でテキスト入力ミスが多過ぎ」


                    

 

消費者を軽んじたこのような事例は冒頭の二件以外にもあふれかえっているらしい。ここまでが長いマクラで、そろそろ今日の本題に入ろう。この一年の間に私が購入した探偵小説以外の新刊のうち、上記の例同様に、校閲がなされていなくて気分を害した二冊について述べたい。イエロー・マジック・オーケストラに関する音楽評論書、いわゆるYMOライターと世間で呼ばれている人間が書いたYMO本である。

 

まずCD・レコード販売会社 Disc Union 系列の出版部門DU BOOKSより2022年秋に発売された『シン・YMO』(著者:田中雄二)。この本がまた、なかなかお目にかかれないぐらいに誤字というか誤記の数がすさまじい。著者は校正費が少ないからこうなってしまったと発売後に言っていて、事実そうなのかもしれない。だからといって許されることではないし膨大なミスの中でも私がかなり気になった記述がある。初版589ページ(☟)がそれだ。 

 

   


坂本龍一がベルナルド・ベルトルッチ監督から映画『ラストエンペラー』について、最初音楽ではなく主役を演じて欲しいとの依頼があったと著者は書いているのだが、サカモトがあの映画に主役前提で出演オファーされたなんて話は、私は一度も見聞したことがない。誰もが知るとおり主役の溥儀を演じたのはジョン・ローンであって、サカモトに与えられた役・甘粕正彦は『戦場のメリークリスマス』でサカモトと親しくなったプロデューサー(ジェレミー・トーマス)のプッシュにより、確かに重要な存在としてクレジットされてはいるが、甘粕が登場するのはあの長い作品の後のほう。サカモトを主役はおろか準主役とするのもどうだろう?

もし仮に坂本龍一を坂本龍二と誤植したのであれば、普通に校閲担当者のミステイクと受け取ってもいいけれども、『ラストエンペラー』への主演依頼と書かれていたら、それは明らかに著者の責任ではないのか?

 

                     


私が田中雄二を心配しているのは著書以外にtwitterでもこんな発言をしているからだ。サカモトが80年代にDJを務めていたNHK-FM『サウンドストリート』に沢田研二が出演した回があって、ジュリーも実は『戦メリ』におけるヨノイ大尉の役を打診されていたのだが、断ったので結局サカモトに落ち着いた。その辺の裏話が語られているこの回の『サウンドストリート』を運良く私は当時エアチェックしていたから何度も聴いてきたし、また現在youtubeにこの回の音源がupされているので、興味のある方は下のリンクから入って聴いてみてもらいたい。


『サウンドストリート』DJ:坂本龍一/ゲスト:沢田研二 

(32分あたりで『戦メリ』について二人が語っている)

 

自分が丸坊主になるのは生まれて初めてだったのでサカモトはてっきりジュリーもそうだと早合点して「坊主になるのがイヤだったから断ったの?」と質問したところ、ジュリーは「いや中学時代は野球部だったから」と坊主刈り拒否を否定、ヨノイ役を受けなかったのはスケジュールの都合だったと語っているのが確認できる。ところが田中はどういう訳かtwitterにて「『戦メリ』は沢田研二が坊主頭嫌って降板した役を教授がやった話は有名。」と発信している。単なる勘違いならともかく『シン・YMO』のミスの多さを思うと、SNSのやりすぎなのか他のYMOライターに感情的になりすぎているのか、せっかく蓄積してきた知識を混濁させたまま発言してるようで痛々しい。



       



長くなるから簡略に記すが、後述する吉村栄一、さらに田山三樹/佐藤公稔といったYMOオタ・ライターへの田中雄二の憎悪はとめどない。だからこそ、彼らと己の違いを明確にするためにもテキストは正確に作成すべきだった。ボリュームがあって少ない校正費ではミスを免れなかったと言いたいのかもしれないが、他のDU BOOKSの本を読むかぎり、そこまで誤字だらけになっている印象がない。吉村/田山/佐藤の作るYMO本にロクなものがないのはそのとおりで『シン・YMO』は単純にメンバー三人の歴史を追うだけでなく、各時代の潮流や人間関係などが重層的に盛り込まれ内容的には優れているだけに、なんとももったいなさすぎる。



                     



さてもう一方の吉村栄一による『坂本龍一 音楽の歴史』(特装版)。版元は小学館。特装版は本体の評伝+ディスコグラフィー+写真集の三冊が小ぶりな函に入っているのだけども、こちらも問題山積みで定価13,200円に見合う内容とはとても言い難い。ディスコグラフィーなどなんとも見にくい上に、YMO『テクノデリック』の副題が〈京城音楽〉と記載されていたり、サカモトが関わった郷ひろみ「美貌の都」のシングル・ヴァージョンはアルバムとは全く異なるアレンジの別ヴァージョンなのにエディット・ヴァージョンなどと書かれていたり。もともと頭も良くなさそうだし編集センスの無い吉村栄一だが、よくこれでYMOの専門家を名乗れるものだ。


              


余談だがYMOライターと呼ばれる者に優秀な人はいない(優秀な編集者というのは昨年惜しくも亡くなった島本脩二みたいな人のことである)。それなのにYMO関係のアルバム・リイシュー盤や蔵出しアイテム等々が発売される際、どうしてレコード会社は毎回彼らを登用するのだろう?細野/坂本/高橋だって忙しいだろうからYMOライターのやる事を逐一すべてチェックなどしていないだろうし、またやっていたとしてもそれは周りのブレーンがやる仕事でしょ。田中雄二が常々怒っているとおり、90年代以降YMOライターはYMOにパラサイトしてきたし、それを有難がる頭の悪いYMOオタというのも存在してきた。YMOのメンバー三人ほどの知性にして、なんでYMOライターを野放しにしてきたのかそれがどうにも私には理解しがたい。とどのつまり持ちつ持たれつって事か?



〝ろくに本の校正・校閲をしない人種〟へ話を戻そう。活字に関わる人間がこんなバカになってしまった原因はそれぞれにいろいろあると推測されるけど、やっぱし私はスマホとtwitterがヒトの脳を狂わせてしまったとしか思えない。特に40歳以上の中高年、SNSを腐らせているのはこの世代の年寄りだと若者はしょっちゅう怒っている。もちろん中相作をはじめ、私の敬愛している人はSNSなんか手を出さない。反対に、毎日毎日エゴサーチだか知らんけど、もう取り憑かれたようにネットに張り付いて戯言ばかり発している人間に限ってやるべき仕事を全然やってない傾向がある(日下三蔵とか)。twitterをこの世からなくすだけで、くだらんトラブルや炎上なんてかなり減少する筈なんだがな。twitter、早くなくならないかな~。




2023年3月10日金曜日

『幽霊男』横溝正史

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講談社
1954年10月発売




★   マイナー作家なら許せるけど横溝正史がこれでは困る





昭和2611月に連載スタートした「悪魔が来りて笛を吹く」のあと、金田一耕助長篇としては(ジュヴナイルを除くと)暫く間を空けて執筆された「幽霊男」。贔屓の引き倒しよろしく横溝ファンは本作に次ぐ「吸血蛾」「三つ首塔」「悪魔の寵児」のエログロ・スリラーに向けられる批判に対し〝発表誌の特徴にあわせて正史は通俗的な長篇を書いたんだ〟と擁護する。

 

そういう意図も全く無いとは思わないが、どう見ても「悪魔が来りて・・・」までの金田一長篇にあった魅力が欠落しているのは否定のしようがなく、また「幽霊男」「吸血蛾」が発表された『講談倶楽部』は講談社の大衆向け月刊誌であり、「犬神家の一族」「女王蜂」を連載した同じ講談社の『キング』と比べても客層や誌面のカラーはそれほど変わらないのだから、発表媒体の変化によって内容を書き分けたという見方はどうなのか?

 

                   


よく読むと「幽霊男」にも正史の得意な伏線回収ワザは確かに見られる。そして、ぱっと見では読者に気付かせないけれど、江戸川乱歩の通俗長篇の中で正史が評価していた「蜘蛛男」を意識しているフシもなくはない。ところが伏線を張るストーリーや各種設定がなんともチープで野暮ったく、殺人エンターテイメントとしても人間ドラマとしても弱い。


そもそも佐川幽霊男(さがわ ゆれお)なんていう名前からして江川宇礼雄(えがわ うれお)【注】のシャレなんだろうが、「びっくり箱殺人事件」に代表されるように既存有名人の名前を頂戴した正史作品はいつもスベりがち。横溝正史という人は論理的プロットを物する腕は優れているが、キャッチコピーみたいなもの、つまり作品名や登場人物名の発案に関しては甲賀三郎や大下宇陀児にさえ負けている。

 

【注】江川宇礼雄。「ウルトラQ」の一の谷博士役で有名な名優だが、実は横溝正史と同世代で戦前から映画監督/脚本家としても活動していた。

 

                    


金田一長篇は田舎に限る、と誰もが言う。そのとおり、傑作は不思議と田舎が舞台になっているものに集中している。でも「女王蜂」は田舎の泥臭さにそこまでとらわれてはいないし、「悪魔が来りて・・・」そして由利・三津木シリーズ長篇「蝶々殺人事件」だって田舎の因習とは無縁ではないか。都会を舞台にすると正史は良い長篇が書けない訳では決してないのだ。ただ、私は本作や「吸血蛾」「悪魔の寵児」と比べたら、戦前戦後問わず由利・三津木シリーズ長篇のほうが(たとえ活劇スリラーであっても)断然好き。金田一シリーズの失速は正史の老齢化や時代の変化と切り離せないのだから、あまり責めても仕方のない事なのだが。

 

 

やはり「悪魔が来りて・・・」で正史の黄金期は終わってしまったのだ。それを考えると昭和32年に「悪魔の手毬唄」を書けたのは立派。私はフェミニストでも何でもないが「三つ首塔」とか清純なヒロイン宮本音禰が未知の男に都合よく犯され彼に染まっていく・・・なんてのは不快でしかない。「幽霊男」を読んでいても、ただでさえちんちくりんな風貌の金田一耕助がコスプレ姿で潜入捜査したって失笑なだけで、彼の良さが発揮される演出ではない。加えて正史が頻繁に使用する「あつはつは」「うつふつふ」も鬱陶しく響くのみ。

 

 

 

(銀) 「幽霊男」は昭和2910月に連載終了しているのに、映画化された『幽霊男』は早くも同じ10月に公開されている。ということは連載が終わってもいないうちから映画制作が始まっていた訳で、過去にも「本陣殺人事件」「蝶々殺人事件」「八つ墓村」「犬神家の一族」さらに「女王蜂」「悪魔が来りて笛を吹く」は既に映画化されていたのだから、「幽霊男」も連載開始時から正史のもとへ「横溝センセイ、この新作も是非映画化したいですぅ」みたいな外野の声が届いていた可能性はある。通俗ものならあまり悩まず書き飛ばせるのだし正史も外野の声を意識した上で比較的ラクな煽情路線を選んだか。


いずれにせよ、マイナー作家の作品なら褒めてもいいけど、天下の横溝正史作品としてこれではいただけない。




2023年3月7日火曜日

『実用シャーロッキアナ便覧/ホームズ・ドイル研究書案内』

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日本シャーロック・ホームズ・クラブ  本の虫探偵団(編)
1999年12月頒布



★★★★★   さすがはJSHC制作のガイドブック
 



これは日本シャーロック・ホームズ・クラブ(以下、JSHCと略す)が制作し会員に配布した250ページ弱の本。1999年までに日本国内で発売されたシャーロック・ホームズに関する重要書籍について、


. ホームズ研究

. ドイル研究

. ホームズ全集

. JSHC刊行物

. 付  録


と五つのパートに分類して内容紹介。20年以上前の同人本だからカラーページこそ無く、各書籍の書影は巻頭に一括して掲載されているものの、これ一冊あれば大助かり。親切なガイドブックに出来上がっている。


            🎩

 
 

昨今のミステリ好きが本について口を開けば、内輪でわざとらしく褒め合っているものばかり。ちょっとでも私(銀髪伯爵)のように思っている本音を吐露した日にゃ、やれ毒舌だの辛口だのと大袈裟に騒ぎ出す莫迦が多い。ともするとまるで自己陶酔したポエムだったり、只のヨイショしかしてない書評やレビューを見せられたって、その本を読もうかどうしようか迷っている人にとって何の役に立つというの?本書の美点は【解題】と称してそれぞれの書籍のアウトラインをわかりやすく伝える以外にも、一冊につき二~三名のJSHC会員が忌憚なく述べる【感想】が付いており、それが個人的な意見として忖度が全然なく、読んでて爽快なんですね。

 

 

奥方・東山あかねと共に長年JSHCの主宰を務めてきた小林司は、本書が頒布された時はまだ健在だったのだが、氏はこの頃コナン・ドイルの母メアリーとウォーラー医師の不倫をはじめとするドイル家の醜聞に取り憑かれており、小林・東山夫妻の翻訳で出版した河出書房新社版『シャーロック・ホームズ全集』の「訳者あとがき」においても、たいして関係が無いはずのドイル家の醜聞ネタを矢鱈持ち込む失態を犯している(文庫版はかなりの部分が削除されているので「訳者あとがき」がそのまま載っているか、私は未確認)。

 

 

小林司は JSHC の総帥だ。大抵の場合そんなエラい人の言動にはどの会員も気を遣いそうだし、たとえおかしな発言があっても付和雷同に黙っているのが日本人の悪い習性ですよ。しかし本書ではドイル家の醜聞ネタのゴリ押しに首を傾げる意見だけでなく、それまで日本でずっと「緋色の研究」と訳されてきたホームズ第一長篇「A Study in Scarlet」を河出版『ホームズ全集』で小林司が「緋色の習作」と改題した点についても、会員は忌憚なく「ノー」を突き付けている。結果として「緋色の習作」の題を取り入れた後続の新訳本は出てこないまま現在に至っている。


 

             🎩



そうそう、今日の記事を書いていてだんだん思い出してきた。平山雄一なんかは「緋色の習作」問題だけでなく、彼が山中峯太郎贔屓であるために峯太郎版子供向け翻案ホームズ本を断固否定する小林に(実際顔を突き合わせてケンカするほどではないにせよ)好戦的だったな。私はあの峯太郎ホームズに関しては小林と同様に否定的な目で見ている。小林の没後、峯太郎ホームズは平山のプッシュで作品社から再発されたが、泉下の小林はどう思っているだろう・・・。

 

 

話が逸れてしまった。とにかく『実用シャーロッキアナ便覧』はお薦めしたい一冊なんだけど、なにせ当時JSHC会員でないと入手できなかったものだし、どうしても欲しければ会員が手放した古書を見つけるしかない。池袋のミステリー文学資料館には一冊置いてあったんだが閉館しちゃったしなあ。

 

 

 

(銀) 『実用シャーロッキアナ便覧』という書名がシャーロック・ホームズ晩年の著作『実用養蜂便覧』のシャレであることは、ホームズを愛する人にとって万国共通の常識。小説を読んで楽しむことよりレア本を所有して「転売したらカネになるな、ヘヘヘ」としか考えていない一部の古本老人はこんなホームズ基礎知識さえも知らないでしょうけどね。







2023年3月5日日曜日

『恐ろしき馬鹿』高木彬光

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和同出版社 神津恭介探偵小説全集第七巻
1958年5月発売




★★★    ズバ抜けた短篇がひとつあれば・・・




昭和30年代初頭までに発表された名探偵神津恭介の登場作品ばかりを集めた「神津恭介探偵小説全集」全十巻。内訳はこのようになっている。緑文字は長・中篇白文字は非小説を示す。


 

 第一巻『刺青殺人事件』

刺青殺人事件あとがき(「初版の序」江戸川乱歩)

 


♦ 第二巻『時計塔の秘密』

時計塔の秘密/女の手/月世界の女/幽霊の顔/小指のない魔女/探偵作家になるまで

 


♦ 第三巻『魔弾の射手』

魔弾の射手

 


♦ 第四巻『白雪姫』

白雪姫/魔笛/ヴィナスの棺/出獄/天誅/妖婦の宿

 


♦ 第五巻『原子病患者』

輓歌/原子病患者/邪教の神/嘘つき娘

 


♦ 第六巻『影なき女』

影なき女/冥府の使者/眠れる美女/黄金の刃/薔薇の刺青/私は殺される/蛇性の女

 


♦ 第七巻『恐ろしき馬鹿』(本書)

恐ろしき馬鹿/紫の恐怖/これが法律だ/血ぬられた薔薇/加害妄想狂/罪なき罪人/鼠の贄

 


♦ 第八巻『白妖鬼

白妖鬼

 


♦ 第九巻『白魔の歌』

白魔の歌

(第七巻の全集告知ページには「破戒殺人事件」と記されている)

 


♦ 第十巻『呪縛の家』

呪縛の家

 

 

本日はこの全集の中から第七巻収録各短篇に簡単に触れてゆく。もっとも古いのが昭和255月発表した「鼠の贄」。それなりにトリックはあるのだがなんともグロい。これを読んだ後は牡蛎フライが美味しく食べられなくなる。翌6月に発表されたのが「恐ろしき馬鹿」。エイプリル・フールの茶番に巻き込まれた松下研三は殺人鬼の罠に嵌まる。同じく6月発表「血ぬられた薔薇」。名古屋へ立ち寄った神津恭介がタクシーに乗ろうとすると、命を狙われていると言って怯える女が同乗。その女が残していった鞄には血痕が付いており、中には短刀が。怪しい姉妹に絡まる動物園内の死体の謎とは?二の腕を斬られて負傷する恭介。

 

 

お次は昭和272月発表「紫の恐怖」。藤枝家の紫の間で、霊魂を吸い取られるかのように連続して死者が出る。それは幽霊の仕業なのか?ちょっとカーっぽいところもある短篇。どういうオチが付くか読んでみて下さいな。「罪なき罪人」は昭和284月の発表。ラストシーンで古井戸の中を覗くところだけよく覚えているけれど、それ以外は覚えてないんだよなあ。「加害妄想狂」は昭和296月作品。これはヘンテコなのでまだ記憶に残っている(出来が良いという意味じゃないけれど)。一人の死者に対し三人が「自分がやった」と申告。真相は如何に?

 

 

最後は「これが法律だ」。昭和298月発表。これもバカバカしいというか、無類の精力絶倫で女百人斬りを達成したいと思っている大木五郎という男が友人にいて、彼を囮に使って神津恭介は法の裁きを免れているある人物の正体を暴こうとする。ブラックジョークみたいな話。

 

 

どの短篇もこざっぱりし過ぎていてインパクト弱し。ひとつでも傑作が入っていれば本書の評価はグンと上がったのだが・・・。

 

 

 

(銀) いま改めて神津恭介ものをコンプリートした全集を出すのも面白いとは思うけれども、後年の作品はどうも読む気力が起きないレベルなのでね・・・。「成吉思汗の秘密」「邪馬台国の秘密」あたりの歴史ミステリはベストセラーになったし好きな人はいるのだろうが、私の趣味には合わなかった。もう一度読み返したら少しは印象変わるかな?





2023年3月3日金曜日

『妖星伝』(全二巻)松本零士

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中公漫画叢書  原作/半村良
1989年5月発売(第一巻)



★★★★   これはきっと春画なのだろう




 『週刊現代』と『週刊ポスト』は昔から女性のヌードや水着といったSEXYグラビアページにプラスしてアダルト・マンガを掲載するのがルーティーン。本日取り上げる松本零士『妖星伝』ハードカバー単行本全二巻も、元はと言えば85年に『週刊現代』のマンガ枠で連載されたもの。松本ほどの地位を確立した漫画家がいくら販売部数の多い成人向け週刊誌とはいえ、よくこんなエロオンリーの連載仕事を引き受けたもんだなあと私は当時不思議でならなかった。それぐらいストーリーはあってないような、濡れ場満載の内容なのである。

 

 

 説明するまでもなく「妖星伝」は半村良の小説がオリジナル。鬼道衆とか外道皇帝も一応は出てくるんだけど、松本零士の「妖星伝」は忠実なコミカライズになっていない。半村良の原作をキッチリ漫画化するとなると300ページ弱の単行本二冊では到底足りないし、なんとなく設定だけ借りている感じ。お幾・天道尼・絵里、三人の美女がひたすら凌辱され最後は巨大な曼陀羅が空から降りてきて唐突に物語は終わる。そこまでが〈第一部〉とあるが〈第二部〉以降も書き継ぐつもりはあったのだろうか?

 

 

 とはいえ私には松本零士の描く、BWHともムダの無い肢体で長い髪が腰まで絡んだひんやりとした瞳の美女が大変好ましい。そんな美女がよがる場面をたっぷり楽しめるだけで満点とまではいかなくとも満足。そう、このマンガは伝奇もののフォーマットを借りた松本零士版春画だと思えばいいのだ。他の作品群とはかなり毛色が違うこの「妖星伝」を松本零士はノリノリで描いたのか、それとも仕事と割り切ってビジネスライクに描いたのか是非とも知りたいところだが、彼はもうこの世にはいない。R.I.P.

 

 

 

(銀) 以前、松本零士ファンの人に〝「妖星伝」って松本零士ヒストリーの中でどういう位置付けされてるの?〟と訊いてみた事があるが、その人はモゴモゴと困った風に明確な返答ができない様子だった。やっぱ、誰に訊いてもそんなもんかな。