鷲尾三郎は古書市場で値の張る作家の一人になってしまったわりにはどういう訳だか「代表作というか名刺代わりとなる彼の作品って果たしてどれがふさわしいのだろう?」 と逡巡してしまいます。貴方の解説にあるように、それはハードボイルド系なのでしょうか?もしくは、数は少ないながら本格テイストを持つ作品でしょうか?結局は古書でも現行本でも入手しやすい「屍の記録」に落ち着いてしまうのでしょうけれど、あれにしても「呪縛の沼」も「裸女と拳銃」も「虹の視覚」も、私だけの感想かもしれませんが絶対的決定打に欠けているとでも言いますか、名刺代わりと呼ぶにはなんかちょっとだけ押しが足りない、というのが正直な感想です。
これまでコツコツ古書を探して鷲尾を読んできた人達なら、本書収録作のてんでバラバラなベクトルの多様さには呆れつつも、きっと楽しんでいるに違いないと想像します。そこまで上出来とは言えないけれど論理をベースに考えて書いた「影繪」「白い蛇」、倒叙というか自滅犯罪もの「くずれたアリバイ」、スケベ心が墓穴を掘った「望遠鏡の中の美女」、続けてこれも一種の覗きネタだがヘンな艶笑譚としか思えない「アパートの窓」。ここまでの内容ならば、同世代の他の作家にも十分ありうるヴァリエーションでしょう。
ところが本書はここからがスゴイ。シンプルに古代魚類のSF風スリラーにしとけばいいものを、そこに犯罪テイストを練り込み最後は超安易なオチでずっこける「サラマンダーの怒り」、東北地方の山深く貧しい部落が舞台でセリフもすべて東北弁、しかしながら本書中で一番イヤ~な読後感に包まれる「銀の匙」、宮野叢子にも似て一筋縄では行かない女の一面を描いた「Q夫人と猫」、同じく女性の物語でもこちらはとことん欲深なヘンタイにまで墜ちてしまう「極悪人の女像」。これらの節操の無さには思わず笑ってしまいました。でも、この節操の無さは意外と鷲尾三郎のチャーム・ポイントなのかもしれません。
将来、鷲尾作品が潤沢に読めるような状況が訪れてくれるのなら話は別ですが、例えば岡田鯱彦/大河内常平ぐらいに「これ!」といえるわかりやすい特徴が挙げにくいので、商業出版界では何となく再発するには少々売りづらい存在だと誤解される可能性もあります。この辺の日本の探偵作家はデビューの時期が敗戦の後という不幸なハンデを負っているので、どうしてもチープな空気が纏わり付いているのも否定できないでしょう。とはいえ、平成後期~令和を生きているDSオタな人達の傾向(?)からしますと、木々高太郎が口にしそうな〝高級なブンガク・ゲージュツ感〟よりも本書に収められている雑多な面白さのほうが求められている、そんな風に私には映るので、斯様な追い風が鷲尾にプラスに吹いてくれれば喜ばしいのですが。(こんなこと書いていたら余計に木々の新刊が出なくなってしまいそう。)
さて、ここからが本題といいますか最もお伝えしたい部分なのです。探偵小説本の購買層は入手するのが第一目的で満足してしまい読書など二の次三の次らしく、私の他に疑義を唱える者など誰もいないのでこんな事を耳にされる機会も無いのでしょうが、近頃の日本探偵小説の新刊本は同人出版も含め、(作者ではなく明らかに)制作者の入力ミスとしか思えない誤字があちこち目についてどうにも困るのです。
貴方の編纂する優れた企画の本に対しては、かつての論創ミステリ叢書のように目を瞑って毎回満点で褒めちぎりたいぐらいなのですが、さして目ざとくもないこの私でさえ本書の中でもそういうミスに気付いてしまいます。その一部を挙げますと、
彼害者(×) → 加害者(○) 21ページ上段16行目/36ぺージ下段4行目
等々力野部(×) → 等々力警部(○) 102ページ下段2行目
第二の設人者(×) → 第二の殺人者(○) 113ページ上段4行目
黒かったが者、学者らしい(×) → 黒かったが、学者らしい(○) 155ページ下段3行目
〝凡例〟のページに記しておられるとおり、多少変に見えてもそれが作者の意図であるならば、書き換えずにそのまま残す手法はとても良い、というかそれが当り前だと私は考えます。ただ上記に並べた五つの誤字は明らかに作者・鷲尾三郎の書き癖ではなく、テキスト入力する際のミスとしか見えないので、こういうものはやはり正しい表記に訂正するか、あるいは底本の誤字でさえ極力いじりたくないなら〝ママ〟と入れるべきではないでしょうか?(本書にはルビを振っている箇所もあるのですから)
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こういうことをお伝えしてもSNSで「悪意がある」「ケチをつけられた」などと逆ギレするような人間には言ってもムダなので、かかわる気など毛頭ありません。しかし貴方の事を詳しく存じ上げてはいませんが、少なくとも善渡爾宗衛という人は本作りの仕事をほったらかしてネット・ジャンキーと化すような方ではないと私は思っているので一筆したためました。
気を悪くされたかもしれませんが貴方の編纂する本を楽しみにしている一読者の声として、どうかポジティヴに受け取って頂けましたら幸いです。今後も益々の御活躍をお祈り申し上げます。敬具