2024年7月12日金曜日

『合作探偵小説コレクション⑦むかで横丁/ジュピター殺人事件』

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春陽堂書店  日下三蔵(編)
2024年6月発売



★★★    戦前の轍は踏まず




「合作探偵小説コレクション」もすっかり戦後モードに入った。本巻収録作品は昭和20年以降に発表されたものばかり作家も編集者もみな学習したのか、戦前の連作・合作よりはだいぶスマートな内容になり、甲賀三郎のように最終回を押し付けられ、リレー小説の無責任さに怒る人も見かけなくなった。

 

 

「能面殺人事件」   青鷺幽鬼(角田喜久雄)

「昇降機殺人事件」  青鷺幽鬼(海野十三)

海野十三は本格物を書く素養を持ち合わせていない。敗戦後の彼は江戸川乱歩に「変態男」なんて言葉を放つほど、「本格にあらずんば探偵小説にあらず」的な声を上げていた同業者達に対し疑問を呈したこともある。青鷺幽鬼名義の二短篇は競作だが、仮に角田喜久雄と海野十三の二人が本当の意味での合作長篇に挑戦したとしても、角田単独作品のような本格探偵小説にはなり得ないんじゃなかろうか。

 

 

「三つの運命」

プロローグ 白骨美人  土岐雄三

骨が鳴らす円舞曲    渡辺啓助

鉄の扉                         紗原幻一郎

帆村荘六探偵の手紙     海野十三 

一人目の土岐雄三がお題を出す形で事件の発生を描き、残りの三名がそれぞれ個別に解決篇を受け持っている。

 

 

「執念」   大下宇陀児/楠田匡介

後述する「むかで横丁」とは対極にある宇陀児節全開のウェットなスリラー。どういう役割分担で書き上げたのかわからないが、安心して読めるのは確か。

 

 

「桂井助教授探偵日記」


第一話         幻影の踊り子         永瀬三吾

第二話     犯人はその時現場にいた    楠田匡介

第三話     謎の銃声               大河内常平

第四話     蜜蜂               山村正夫

第五話     古井戸                             永瀬三吾

 

第六話     窓に殺される             楠田匡介

第七話     愛神                                山村正夫

第八話     西洋剃刀                            大河内常平

第九話     遺言フォルテシモ           永瀬三吾

第十話     狙われた代議士            楠田匡介

 

第十一話    八百長競馬                       大河内常平

第十二話    洋裁学院                        山村正夫

第十三話    地獄の同伴者                    朝山蜻一

第十四話    妻の見た殺人         永瀬三吾

第十五話    アト欣の死                       楠田匡介

 

第十六話    訴えません                         永瀬三吾

 

T大助教授の探偵役・桂井龍介/新聞社員・阿藤欣五郎/欣五郎の妹・ネネ子/警視庁嘱託鑑識課員・和田兵衛、この四人を中心に展開する一話完結型の競作もの。例えば大河内常平だったら地の文を〝ですます調〟にしたり、また彼独特のスラングもふんだんに飛び交っていたりして、各人の個性が活かされた、デコボコ感の少ない仕上がりになっている。なにより思った以上に、謎解きが重視されているのが良い。


これだけのボリュームがあるのだから、「桂井助教授探偵日記」だけで単行本一冊作ることは十分可能。一般層にも知名度のある作家が参加していないため、かつて大手の光文社が出していたミステリー文学資料館名義の文庫では難しいかもしれないけれど、横井司が先頭に立ち正常な刊行を続けていた時分の論創ミステリ叢書あたりから、単独でもっと早く本作が出なかったのが悔やまれる。探偵小説の復刊に関わる界隈はもはや死に体同然だし、春陽堂のこのシリーズを毎回楽しみに読んでいる人がどれだけいるか、なんとも心許ないからだ。

 

 

「むかで横丁」

発端篇   宮原龍雄

発展篇   須田刀太郎

解決篇   山沢晴雄

これは正統的なリレー作品。「合作探偵小説コレクション」の最初のほうの巻に入っていた戦前作家の連作に比べ、一作品として整っている点は評価できる。轢死者の屍が一人の人間のものではなかったり、出だしは悪くない。ただ『密室』という発表媒体の性格上、込み入ったパズラーを狙いすぎて本格マニアしか相手にしていない印象が強く、そこまで本格を好まない読者は拒否反応を起こすかもしれない。

 

 

「ジュピター殺人事件」

発端篇   藤雪夫

発展篇   中川透(鮎川哲也)

解決篇   狩久

「むかで横丁」とは違い、同じ本格でもこちらのほうがずっとスッキリしている。とはいえ、『藤雪夫探偵小説選 Ⅰ 』の記事(☜)にも書いたように、私は藤雪夫の国語力には大きな疑問を抱いているので、発端篇は別の作家にお願いしたかった。


「まァー」「こりゃー、いけねー」等、会話文に見られるヘンな長音符号の棒引き「―」が相変わらずイタイ。また田所警部というキャラクターが登場するのだが、この人は電話を掛ける際、自分で自分のことを「もし、もし、田所警部です」と言っているし(本巻494頁下段3行目)、他の登場人物にも同様の物言いが見られる。あのねー、自ら名乗るのにわざわざ自分の役職付けて言ったりしないよ。普通「もしもし、田所です」って言うだろ。藤雪夫の小説を読んでいると、こういうところが目に付いて閉口する。






(銀) この辺の、戦後に発表された合作・連作を楽しみにしていたので、整合性がとれていなかった戦前のものと内容を比較しても「ああ、やっと出てヨカッタ」という感じだ。全八巻完結予定でスタートした「合作探偵小説コレクション」も、いよいよ次がラストか。






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