2025年3月8日土曜日

映画『El Expreso De Shanghai〈上海特急/Shanghai Express〉』(1932)

NEW !

Universal Pictures     Blu-ray
2019年3月発売



★★★★   二人の娼婦




Anna May Wong(アンナ・メイ・ウォン)の出演した映画で一般的に最も知名度の高いものと言ったらこれか。配給は米パラマウント。
今「Shanghai Express」をブルーレイで観ようとしても、
リージョン の北米盤は単体で発売されておらず、
マレーネ・ディートリッヒ/ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督コラボ作品をコンパイルした六枚組BOXDietrich von Sternberg in Hollywood』を購わなければならない。
アンナ・メイ・ウォンの出ていない映画はさしあたって欲しくないし、
そうなると日本で普通に再生できるブルーレイの残った選択肢はスペイン盤のみ。
だから本盤のタイトルはスペイン語表記『El Expreso De Shanghai』なのである。
私の観たい昔の洋画はなぜだかリージョン 地域のほうがBDのリリース数が多くて悩ましい。

 

 

【 仕 様 】

リージョン:ABC(日本のブルーレイ・プレーヤーで再生可能)

本編:82

特典コンテンツ:なし

ブックレット:なし

 

【 字 幕 】

英語/スペイン語

(色はイエロー字がほんのちょっと大きいのが気になると言えば気になる。

 

【 画 質 】

100点中89点






【 ストーリー 】

中国女フイ・フェイ(アンナ・メイ・ウォン)は上海リリーの綽名を持つマデリン(マレーネ・ディートリッヒ)と顔見知りではないものの、どうやら二人は高級娼婦らしい。
本作におけるアンナのビリングは三番手。

1931年。中国は内戦の真っ只中。
マデリンとフイ・フェイは北平(北京)発・上海行きの特急列車に乗り込む。そこでマデリンは偶然、かつての恋人だった英国軍医ハーヴェイ(クライヴ・ブルック)と再会。互いにプライドをちらつかせつつ、心の中では相手のことを忘れられずにいた。途中の停車駅で中国政府が乗客の身元チェックを始め、反乱軍のスパイを拘束。ところが、マデリン達の一等客室に乗っている白人と中国人の混血男性ヘンリー・チャン(ワーナー・オーランド)は反乱軍のリーダー。逆に列車を乗っ取った彼らはハーヴェイを人質に取り、捕まった仲間の解放を要求する。





基本マデリンとハーヴェイのメロドラマなんで、ソフトフォーカスがかった上海リリーのアップに象徴される如く、ディートリッヒを印象的に撮ることが第一義の映画。サスペンスはまあそこそこに、美麗なモノトーン映像を楽しむべし。好色なヘンリー・チャンを演じるワーナー・オーランドは怪人フー・マンチューや警部チャーリー・チャン役で知られる俳優。スウェーデン系の米国人ながら外見がアジア人っぽく見えるため、こういう役柄は多い。また、ウィリアム・パウエルがファイロ・ヴァンス役を務めたヴァン・ダイン映画(☜)にヒース部長刑事役で出ていたユージン・ポーレットも賭け事好きの乗客サム・ソルトとして本作に出演している。





 
上海リリー = マデリン
(マレーネ・ディートリッヒ)




 
フイ・フェイ
(アンナ・メイ・ウォン)




ヘンリー・チャンがマデリンにフランス語の通訳をさせ、将校レナード少佐から聞き取りを行うシーンにおいて、映像が一瞬飛んでいるような箇所あり。なんでも90年代の半ばにVHS/LDを発売する際、deleteされたセリフがあるらしい。
(ポリティカル・コレクトネスの為の自主規制ではなさそうだけど)
それゆえ現在出回っているブルーレイはどれもDelete箇所ありヴァージョン。欧州PAL仕様のDVDDelete箇所なしヴァージョンが採用されているとの説もあるが、はっきりした事はわからない。









旧い作品とはいえ、日本でShanghai Express〈上海特急〉」のブルーレイは一度もリリースされていない。私が海外盤でばかり洋画を観るのには理由がある。


 海外では当り前にブルーレイが出ている作品でも、日本盤では一向に発売されない

 日本盤ブルーレイが出ていても、海外盤に比べるとクオリティーが低い
  (特典映像の貧弱さ/画質がそれほど良くない)

 日本語字幕はあったほうが助かるけれど、日本語吹替版の収録が無駄に多過ぎる
  (大ヒットしたものとか、メジャーな作品は特に顕著)

 日本盤ブルーレイ /DVDのパッケージ・デザインはダサい


良質な映画ソフトを製作・販売するという意味でも、かなりの遅れを取っている日本。
アニメ一辺倒の国になってしまったからだろうか。






(銀) マレーネ・ディートリッヒ。当Blog的に言うと、『竹中英太郎作品譜/百怪、我ガ腸ニ入ル』(☜)の表紙に描かれていたドイツ出身の名女優。後年は歌手としても活動、竹中英太郎の息子・竹中労の招聘により来日公演を行った。



マデリン(ディートリッヒ)とフイ・フェイ(アンナ・メイ・ウォン)はいつも煙草を燻らせている。この二人が高級娼婦だと明確に語られる場面は無く、間接話法を用いてそう匂わせているだけ。彼女たちが四六時中、指に煙草を挟んでいるのもそんな演出の一つじゃないかな。セリフの説明ではなく、立ち振る舞いによって観る者に娼婦という日陰の職業を暗示させているのだと思う。でなきゃマデリンもフイ・フェイも重度のニコチン中毒だよ。あれじゃ。






2025年3月5日水曜日

『2001年映画の旅/ぼくが選んだ20世紀洋画・邦画ベスト200』小林信彦

NEW !

文藝春秋
2001年12月発売



★★★★  昔のミステリ洋画には本格タッチの良作が無い




往年の著書『地獄の映画館』の中で小林信彦が述べている二つの点に着目。

〝本格物のトリックってやつは、
画面でタネ明かしされると、なんだかバカにされたような気持ちになるのだ。〟

SF映画は、史的にみても、ずっと、マイナーな存在であった。
一九五〇年代に作られたSF映画の多くは、ゲテモノ、特撮を用いた見世物映画であった。

(中略)

後年、SF映画史を語るとすれば、おそらく「2001年(宇宙の旅)」以前、以後、といった区分がなされると思う。SF映画がプログラム・ピクチャーでなくなり、つまり〈芸術〉の殿堂に入ったという意味合いで。〟

小林の言うとおり、「2001年宇宙の旅」(1968年公開:監督 スタンリー・キューブリック)がエポックメイキングな作品になったことで、SF映画はB級/ゲテモノ扱いのレベルとは段違いの大作が生み出されるようになった。しかし、当Blogで取り上げている類の小説を原作に持つミステリ映画となると、〈芸術〉の殿堂に入るどころか、映画の専門家たちが選ぶ古今東西傑作映画セレクションの中にランクインできるか、それも怪しい。その種の映画を彼らはどれぐらい評価しているのだろう?

 

 

本来ならせめて十名ぐらいのクリティックスが選ぶそれぞれのベスト100作品をチェックすべきところだけど、それはさすがに大変だし、なにより小林は映画同様、ミステリにも精通している人だから、本書『2001年映画の旅/ぼくが選んだ20世紀洋画・邦画ベスト200』における洋画ベスト100+邦画ベスト100を参考にさせてもらって、原作のあるミステリ映画に小林が推したくなるようなものは何本あるのか、調べてみたいと思う。


                                                 


 
個人の嗜好とはいえ、小林がそれぞれベスト100を選ぶ際に課したルールのうち、次の点は明記しておかなければならない。

・ 小林自身が繰り返し観た作品、または、もう一度観たいと思っている作品
・ アニメーション映画は除外

こうしてまず20世紀の洋画100が選ばれた訳だが、そのうち探偵小説/推理小説を一応原作に持つ作品では次のものがラインナップに上がっている。

 

「影なき男」(1934年公開:原作 ダシール・ハメット)

「バルカン超特急」(1938年公開:原作 エセル・リナ・ホワイト)


「裏窓」(1954年公開:原作 コーネル・ウールリッチ)

「必死の逃亡者」(1955年公開:原作 ジョセフ・ヘイズ)

「現金に体を張れ」(1956年公開:原作 ライオネル・ホワイト)

「情婦」(1957年公開:原作 アガサ・クリスティー)

「めまい」(1958年公開:原作 ボワロー=ナルスジャック)


「サイコ」(1960年公開:原作 ロバート・ブロック)

「太陽がいっぱい」(1960年公開:原作 パトリシア・ハイスミス)

「血とバラ」(1961年公開:原作 J・シェリダン・レ・ファニュ)


「羊たちの沈黙」(1991年公開:原作 トマス・ハリス)



私の好みの海外ミステリ作家はあまり含まれていない。


                                                 


 
よくフィルム・ノワールってどこまでを範疇とするのか、議論になる。ミステリ映画もその対象をどこまで広げるのか明確なラインは無い。ともかくさすがは小林信彦、100本中これだけ原作小説のある作品をセレクトしており、これにいわゆる準ミステリ、つまり、ミステリ作家の原作こそないもののサスペンス/スリラー/フィルム・ノワール/クライム・ストーリーに該当する映画を加えると「ミュンヘンの夜行列車」(1940年公開)をはじめ更に数が増えるが、そんなに列記したら煩雑になるので、あとは本書で確認して頂きたい。

 

 

さて、次は邦画ベスト100。探偵趣味を内包する作品のなんと少ないことよ。強いて言えば、「待って居た男」(1942年公開)は上記「影なき男」シリーズの換骨奪胎だそうだし、黒澤明の「野良犬」(1949年公開)もフィルム・ノワールと呼んで差し支えないだろう。が、悲しいかな私のBlogに登場する日本探偵作家の小説を原作にしたものは影も形もない。
「赤い殺意」(1964年公開:原作 藤原審爾)「霧の旗」(1977年公開:原作 松本清張)はランクインしているが、この辺の作家にミステリ的な愉しみを求めていないので今日のところはスルー。




以上の結果を見て解るとおり、極論と云われようとも、昔のショービズ界には論理的な本格探偵小説を正しく映像化する意識と技術が著しく欠落していて、ミステリ映画といってもその殆どがハードボイルドやスリラーでしかない。

ただ、SFものに差を付けられているとはいえ論理性を持たせたミステリ映画も「オリエント急行殺人事件」(1974年公開:監督シドニー・ルメット)あたりから、それなりに大きな興行収益を得るようになったのではないか。それ以前は『地獄の映画館』にて触れられているディクスン・カーの「火刑法廷」を映画化した「火刑の部屋」(1963年公開:監督ジュリアン・デュヴィヴィエ)など、原作の良さがまるで活かされていないものばかり。

本格以外にも、ルーファス・キング作「青髭の女」を映画化した「Secret Beyond The Door」だって、監督フリッツ・ラングと聞けば期待してしまうけれど、これまたイマイチな出来。





日本の映画界はもっと酷い。謎解き要素のある探偵小説を原作にしたもので、どうにか観られるようになったミステリ映画と言えば、例の「犬神家の一族」(1976年公開)より前になんかあったっけ?結論。探偵小説は活字で楽しむのが一番。






(銀) 小林信彦の洋画ベスト100といえば、あれだけ『文春』の連載で褒めたたえていたニコール・キッドマン出演作がひとつも無いが、よく考えたら彼女がビッグになっていくのはトム・クルーズと離婚したあと。もしこのベスト100セレクトがあと十年遅かったら、何かしらランクインしてたかな? 

 

 

 

   小林信彦 関連記事 ■

 


 


 


 








2025年3月2日日曜日

映画『Bombs Over Burma』 (1942)

NEW !

Film Masters    DVD
2024年3月発売



★★★  抗日映画のアンナ・メイ・ウォン




私のBlogでは日本探偵小説の一部に属し、反米・反英・反ソを啓蒙すべく日中戦争~第二次世界大戦の最中に発表された防諜スパイ小説をしばしば取り上げているけれども、今回は逆の立場、中国大陸へ侵攻する日本の脅威を知らしむる米国製作プロパガンダ映画を見ていきたい。主演はAnna May Wong(アンナ・メイ・ウォン)。タイトルはBombs Over Burma」。

 

         ⊶⊷

 

この数年、Alpha Videoというメーカーをはじめ、「Bombs Over Burma」の DVDはいくつか出回っていたわりに、どれも丁寧なレストアがされておらずnot to buyなものばかり。ところが昨年の春リリースされたFilm Masters盤は今までのディスクと比べ、最も観やすい画質に仕上がっているとの噂。PRCProducers Releasing Corporation)の製作した映画はおしなべてフィルムのコンディションがよろしくないそうだけど、その点を考慮しつつFilm Mastersはよく頑張ってブラッシュアップしたと好意的に見る海外ユーザーの声もあり、アメリカからDVDを取り寄せた。

 

 

【 仕 様 】

NTSC  リージョン0(日本のDVDプレーヤーで再生可能)

ブックレット、特典映像などは無し

 

【 言 語 】

英語(一部、北京語あり)

 

 

Film Mastersはなんともニッチなレーベル(?)で、マイナー作品をアーカイヴする一環としてソフトを製作しているような感じ。聞いたこともない昔の映画をブルーレイで発売しているのに今回の「Bombs Over Burma」はDVDのみの扱い、残念すぎる。しかもこのDVD、正規ルートで購入したからバッタもんではないプレス盤のくせにチャプター再生の開始位置が変だったり、全体的に作りがチープ。更に、画質良好と書いたものの音声はそこまでクリアでなくボリュームを上げて視聴する必要がある、英語圏のネイティヴでさえ「細かいセリフが聞き取りにくい」と不満を漏らしているぐらいだし、英語字幕が無いのはイタイ。

 

 

そういう事情もあり「Bombs Over Burma」の公開された1942年(昭和17年)における亜細亜の情勢を先に記しておいたほうがいいだろう。中国大陸の東側(沿岸部)を占拠された蔣介石の国民党政府は重慶まで後退して日本軍に抗戦。一方、ビルマ(現在のミャンマー)も本作が完成したあと日本に占拠された模様。話の中に出てくるビルマ・ロードというのは〝ラーショー〟(ビルマ)と〝昆明〟(中国)を結ぶ物資輸送のための山岳幹線道路。重慶を南西に下ると昆明に至り、その先にビルマがある。








【 ストーリー 】

Lin Ying(アンナ・メイ・ウォン)は重慶で学校の教師をしているが、裏の顔は中国の諜報員。冒頭、重慶の街を日本軍の戦闘機が襲う。Linが教えている生徒のひとりが落命し、手堅く日本の非道ぶりがアピールされる。

場面変わって、ビルマの〝ラーショー〟を出発したLinは中国に向かってビルマロードを走るバスに乗っている。彼女の任務はビルマに届いた連合国からの軍事物資を滞りなく中国へ輸送できる地上ルートを無事開通させること。乗合バスには連合国の派遣メンバーも連なっている。

道中、トラブルによりバスが足止めを食ったため、彼らは僧院らしき建物にて一夜を過ごさねばならなくなった。そこへ狙いすましたかの如く、日本軍の戦闘機が飛来。Lin達は派遣メンバーに紛れて日本側へ情報を流しているスパイがいることを察知。そのスパイとは誰か?




 



〈室内の子供〉と〈窓の外に見える戦闘機の光景〉とは明らかに合成


ビルマ・ロード





この中にスパイが・・・






低予算かつ短期間で撮影されたこの作品、重慶の街並みや空爆は既存の資料映像みたいなものを流用していると思われ、Annaや役者達は中国/ビルマには行っていないはず(よくある話だ)。僧院もそれらしき実物を調達できなかったのか、外観は映らない。一度目に観た時は英語字幕が無いせいでディティールを理解できず、つまらなかったが、作品背景を知って二度目に観たら、なかなか面白かった。ロー・バジェットながら、音楽及び美術&セットはマイナーな国策映画として観れば、そこまで悪くもない。できれば脚本にもっとメリハリが欲しい。やっぱ映画は脚本がしっかりしてないとダメだよな。Annaの演じるLinが口汚く日本の悪口を言わないのは日本人として救われる気持ち。




フランク・キャプラもドキュメンタリー風の反日映画を作っているが、本作よりずっと好戦的な内容だった。「カサブランカ」に至っては反ナチのはずが、あそこまでロマンティックな名作になるとは・・・。Annaの存在だけを楽しむのなら★4つ献上して何ら問題は無いのだけど、字幕は絶対付けてもらわないと困る。日本でも大阪圭吉や蘭郁二郎あたりの防諜スパイ小説をこんな風に映画化していたらよかったのに。
 

 

 

(銀) 日本みたく国土を焼き尽くされてもいないのにAnna May Wongが出演した海外の戦前映画はフィルムが失われたと云われている作品が結構あって、もどかしい。その中にはビガーズ「シナの鸚鵡」を映画化した「The Chinese Parrot」(1927)もあるというが、そういうのに限って観ることが叶わない。やれやれ・・・。