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光文社文庫
2020年10月発売
★★★★★ 「呪縛再現」から「りら荘」へ
♡ 順番を逆にして、追加収録された中篇「呪縛再現」の方から触れていく事にする。
これは1953年SRの会同人誌『密室』第10号に前半の宇多川蘭子【挑戦篇】、
第11号に中川透【後編】として発表された。
単行本だと『密室』のアンソロジーである『甦る推理雑誌 5「密室」傑作選』(光文社文庫)に入っており、その前は出版芸術社『赤い密室 名探偵・星影龍三全集〈1〉』にも収録されていたから「え、今回も入れるんだ?」と思ったが、調べてみると後者はともかく、前者までも現行本流通が無くなっているので「なるほど、それならば」と納得したのだった。
「呪縛再現」の舞台は鮎川哲也が戦時中に疎開していた熊本県南部球磨郡に程近い人吉。前半の【挑戦篇】を発展させたものが「りら荘事件」になるのだが、氏名や役割が変更された登場人物もいて、そっくりそのままな設定での改稿ではない。しかも「呪縛再現」では、星影竜三(本書では龍三ではなく竜三表記なので、この項でもそちらを使用する)だけでなく鬼貫警部も出演、詳しくは書けないけど、これを読んだら星影贔屓な人は良い気はしないかも。いずれにせよ長篇に生まれ変わって、星影竜三が名探偵としての実力を存分に見せつける「りら荘事件」のほうが断然面白いのは言うまでもない。
♡ では次にメインの「りら荘事件」。埼玉と長野の県境、影森駅を下車して徒歩二十分の位置にあるその山荘は元証券会社の辣腕社長が建てたものだったが、その社長は事業失敗で自殺したため日本芸術大学が買い取り、レクリエーション施設として芸術家の卵である学生達に開放されている。そんな長閑で周辺に人家も無いりら荘に、突如巻き起こる謎の連続殺人事件。
捜査陣などを除く事件の中心人物一覧を作って、「呪縛再現」と「りら荘事件」ではどう違っているのか眺めてみよう。「呪縛再現」の時の学生は熊本市の九州芸術大学所属、そして邸宅の名称は緑風荘となっていた。
♧「呪縛再現」 ♧「りら荘事件」
管理人 田ノ上(夫) 管理人 園山万平
管理人 田ノ上(妻) 管理人 万平の妻・お花
柳なおみ 尼リリス
牧村光蔵 牧 数人
行武栄助 行武栄一
横田義正 安孫子宏
日高鉄子 日高鉄子
橘 和夫(婚約) 橘 和夫(婚約)
松浦沙呂女(婚約) 松浦紗絽女(婚約)
二条義房
炭焼き/須田佐吉
また今回の光文社文庫は、鮎川が生前入朱した最終版ともいうべき講談社文庫版テキストを底本にしており、初刊の光風社版テキストとの違いも、ホンの少しだけだが紹介しておく。
♠ 最終章「カードの秘密」の冒頭部分(本書388頁)
光風社(初刊) だれも少しも睡気は感じていなかつたが、客間の暗闇のなかで
本書 だれも一向に眠いとは感じていなかったが、応接間の暗闇のなかで
♠ 本書388頁最終行 ❛ ときおり遠くのほうで光る程度であった ❜ の後に続く文章
光風社(初刊) 「さてつぎの犠牲者、つまり三番目に殺された(以下略)」
本書 「さてつぎの犠牲者」というセリフが出てくるのは390頁5行目
つまり初刊テキストと比べるとこの間に1頁4行分の書き足しがある
という具合に、鮎川哲也の場合もテキストのヴァージョン違いが多くて、底無し沼に入り込むと抜け出せなくなりそう。解説の山前譲も言っているが、地の文での「星影」と「星影氏」って、当時執筆していた鮎川の頭の中ではどんな違いがあったんだろう?
(銀) ミステリー文学資料館の文庫って、軒並み現行本の市場から姿を消しているんだなあ。あと鮎川の光文社文庫も、2014年以前リリースのものだと流通が無くなっている。鮎川の文庫は まだブックオフとかで古本を見つけやすいけれど、昨今、文庫の寿命が短くて実に世知辛い。