戦前の長篇探偵小説に見られるルブラン調。モダン都市東京の雰囲気はそれなりにあり、交換手のいた当時の電話トリックがなかなかよろしい。昭和12年1月連載開始にて、女が躰を餌に男を欲情させるシーンは時局柄もう一年遅かったら、地方新聞といえどもこんな煽情的描写は横槍を入れられていたと思う。国枝だから正当派の謎解きは最初から期待していなかったが、伝奇時代小説の如き暴走するプロットではなく意外とカッチリした仕上がりで、探偵小説のファンはともかく国枝ファンからすると、そこは物足りなく感じるかもしれない。
エンターテイメントを意識して書いたそうなので、賊の標的を結ぶ連続する条件に主人公が直感で気付く点など惜しい弱点は散見されるが、それほど気にならない。最も残念なのは、この長篇は全146回連載なのだが、127回・142回・144回が欠落している点。しかもそれらは終盤の謎が解明される場面。確かに大筋の理解に問題はないとはいえ、これはなんともイタイ。関係者の方は随分探されたことだろうと想像するが、初出新聞『南信日日新聞』の欠落回該当号はどこかに残存していないのだろうか・・・嗚呼・・・。この欠落さえなければ ★5つだったのに。
(銀) ところが何年か経って、本書未知谷版『犯罪列車』の欠落を補うテキストが発見され、その三回分のみを小冊子にした『「犯罪都市」補遺』(16頁/300円)が発売された。「えっ、「犯罪都市」? 「犯罪列車」の間違いじゃないの?」と言うなかれ。説明しよう。
東京の盛林堂書房が出している同人出版によく参加している善渡爾宗衛が北海道の図書館にて、昭和12年2~7月の『室蘭毎日新聞』に連載されていた国枝史郎の「犯罪都市」という長篇小説を発見。調べてみたらこれが本作「犯罪列車」の改題だったそうだ。「犯罪都市」を読むと微妙に異同があったのでヴァリアント・テキストと見做したものの、連載68回目に一回分欠落があり、ここからは私の想像だが未知谷版『犯罪列車』がまだバリバリ流通していたので、インディーズとはいえ一冊の新刊として「犯罪都市」を売り出すのは見合わせたのだろう。
こうして失われていた三回分の『「犯罪都市」補遺』と併せて読む事で、『犯罪列車』の全体像は(一応)掴めるようになった。昔の地方新聞には(テキストだけでなく挿絵の面でも)我々がまだ知らない小説の宝の山が埋もれている。けれど非常に悩ましいのは、本作のようにせっかく発掘してもどこかしら欠けている回があったり、マイクロフィルムのコンディションが悪くて読めない文字があったり、あるいは同じ小説がタイトルを変えて、まったく違う地方の新聞に改めて連載されていたりするなどの面倒臭さがあること。