2025年3月10日月曜日

『車井戸は何故軋る~横溝正史傑作短篇集』横溝正史/末國善己(編)

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東京創元社
2025年2月発売



★★★   由利麟太郎、出番なし・・・




► 「恐ろしき四月馬鹿」(大正10年発表)

► 「河獺」(大正11年発表)

► 「画室の犯罪」(大正14年発表)

► 「広告人形」(大正15年発表)

► 「裏切る時計」(   〃   )

► 「山名耕作の不思議な生活」(昭和2年発表)

► 「あ・てる・てえる・ふいるむ」(昭和3年発表/江戸川乱歩名義)

 

► 「蔵の中」(昭和10年発表)

► 「猫と蠟人形」(昭和11年発表/由利麟太郎・三津木俊助シリーズ)

► 「妖説孔雀樹」(昭和15年発表)

 

► 「刺青された男」(昭和21年発表)

 「車井戸は何故軋る」(昭和24年発表)

► 「蝙蝠と蛞蝓」(昭和22年発表/金田一耕助シリーズ)

 

► 「蜃気楼島の情熱」(昭和29年発表/金田一耕助シリーズ)

► 「睡れる花嫁」(昭和29年発表/金田一耕助シリーズ)

► 「鞄の中の女」(昭和32年発表/金田一耕助シリーズ)

 

► 「空蝉処女」(昭和58年発表/執筆は昭和21年)

 

 

A  ジュヴナイルや時代小説を除く横溝正史のオールタイム創作短篇ベストってことね。唯一「妖説孔雀樹」は江戸時代が舞台とはいえ、チェスタトンの「孔雀の樹」ネタを頂いた怪奇幻想ものだからラインナップに入ってる訳か。しっかし正史のベスト短篇集を編むにあたり選択肢は潤沢にありそうなものを、アマチュアとしての投稿~『新青年』編集長就任期間、いわゆる初期フェーズだけで七篇選ぶなんて荒技だなア。戦時中だった昭和16年~昭和20年、そして探偵ものの短篇発表数が少なかった昭和25年~昭和28年の分がごっそり抜けてしまうのは、まあ分かる。でも昭和4年~昭和9年の間さえ選出無しって、此は如何に?

 

B  平成13年にちくま文庫から刊行された『怪奇探偵小説傑作選 2/横溝正史集/面影双紙』という本がありまして。「鬼火」が収録されているからオール短篇とは呼べず、同じコンセプトでもないんですが、本書と比較される対象がもしあるとすれば、その文庫になると思うんです。だからなるべく重複しないよう配慮したのではないかと・・・それでも「蔵の中」「山名耕作の不思議な生活」の二篇はダブってますけどね。

 

A  「山名耕作の不思議な生活」ってそんなに評価されてんの?どうせちくま文庫との重複が生じるんだったら「」でいいじゃん。後味は悪いし、初稿の半分の量に縮めて発表せざるをえなかったんで正史は後悔していたようだけど、立派な耽美系の逸品だぞ。あと、彼の絶頂期と呼べる終戦直後のフェーズから「刺青された男」を選ぶってのも個性的だな。

 

B  ユーモラスなやつも押さえておきたいとか、編者・末國善己の好みがあるんでしょうよ。それと留意すべきは、一昨年の暮に末國の編纂で創元推理文庫から人形佐七の傑作選が出たじゃないですか?



A  あ~、カバー裏表紙に堂々と〝人形左七〟って印刷されていたあの恥ずかしい本ね。



B  そうです、そうです。あの本の編者解説に〝底本は初出誌を基本とし、見つからなかった作品については初版本、各種全集で補った〟と書いてあったの覚えてますか?今回もその方針を踏襲しているらしく、こちらの解説でも〝可能な限り初出誌を底本にしたので、横溝が加筆修正を行った流布版との違いを楽しんで欲しい〟と言ってます。初出誌と単行本とでほぼ異同の無いものより、単行本テキストに加筆・改稿の跡がガッツリ存在するものを選んで収録してるのかもしれませんよ。本書のテキストが初出バージョンであることを売りにするために。


 

A  ふ~ん、商売上手やねえ。


 

B  〝可能な限り初出誌を底本にした〟という文言は柏書房版「横溝正史ミステリ短篇コレクション」「由利・三津木探偵小説集成」でも使われていましたけど、じゃあどの作品が初出誌ではなく初刊本のテキストで対応したのか、明記されないんですよね。初出/出典一覧ならあるんですが、それが毎回スッキリしない。

本書のテキストが柏書房の横溝本みたいに〝初出または初刊のテキストに準じて再編集〟するのでなく、基本、初出そのままに製作されたのであれば、のちに正史が手を加えた単行本テキストとどんな違いがあるのか、見てみましょうよ。


 

A  またそんな面倒なことやるのか? 疲れるだけだろ。


 

B  勿論ほんの一部ですよ。じゃあ、一篇しか選ばれなかった由利・三津木シリーズの「猫と蠟人形」をサンプルにします。柏書房版『由利・三津木探偵小説集成 ① 真珠郎』解説にて日下三蔵が説明しているように、単行本化の際、「猫と蠟人形」のテキストは加筆されている箇所が少なからずあり、その中で〈河沿いの家〉における終りの部分(本書146ページ下段14行目)を比較すると、こうなります。




✽ 本書/初出ヴァージョン「猫と蠟人形」~〈河沿いの家〉


「よし、この家だ!」
 二人は欄干に手をかけると、勇躍して舟から座敷の中へ掻きのぼった。座敷へ入って見ると、いよいよ、ここが犯行の現場であることが明瞭である。猫の趾跡のほかにも、畳の上に一筋、血の跡がスーッと河に向った縁側のほうに続いている。屍体を引きずった時についた跡らしいのである。




✽ 柏書房版『由利・三津木探偵小説集成 ① 真珠郎』所収
  /加筆ヴァージョン「猫と蠟人形」~〈河沿いの家〉
  (302ページ下段18行目から303ページ下段16行目まで)


〝屍体を引きずった時についた跡らしいのである。〟までの部分は初出ヴァージョンと同じ。
 そのあと、

「やっぱり、この家ですね。こゝで殺人が行われたのですよ」
 俊助は恐ろしい部屋のなかの惨状を、ひとわたり見廻すと溜息をつくようにそう言った。

 から、

等々力警部はそんな事には気がつかない。縛めが解けるとすぐ老婆の方に向き直った。

 までの1ブロックが加筆されている。このブロックは本書では読めない。

 

 

B  どうです?本書収録作品を他の横溝本と比べると、こんな違いがいろいろ見つかるんじゃないでしょうか。「猫と蠟人形」は昭和21年、岩谷文庫1に表題作として収められる際「蠟人形事件」と改題され、昭和30年代までこのタイトルのまま東方社の単行本に再録されました。



A  あっ、そう。とにかく「車井戸は何故軋る」原型版はダントツに面白い。それは声を大にして言っておくよ。一度発表したものをやたらイジりまくる。横溝正史と大瀧詠一は似た者同士だよな~。





(銀) この本も、出版芸術社の「横溝正史探偵小説コレクション」が刊行されていた頃に出ていれば、もっとインパクトがあったと思うのだが、一連の柏書房の横溝本が出たあとでは、やや印象が薄い。なにより由利・三津木シリーズからのセレクトが三津木俊助しか登場しない「猫と蠟人形」だけとなると、由利麟太郎はすっかり蚊帳の外。そりゃないわ。

 

 

 

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