2025年3月28日金曜日

『恐怖のヨコハマ』北林透馬

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學風書院
1956年8月発売



★★★★   中村進治郎の悪友




根っからのハマっ子・北林透馬。その繋がりで中村進治郎とも親交が深く、清水孝祐の名で透馬が『横浜貿易新報』に小説「波斯猫」を連載した際、挿絵を手掛けていたのが他ならぬ進治郎。『新青年』にもいくつか短篇を書いているが、この本に収められているのは戦後発表作品。トータルで地元ヨコハマを舞台にしており、メインの探偵役を設定して目鼻を付けるでもなく、以下の三名は適宜登場するものの、レギュラー・キャラクターはそこまで重要視していない感じ。

 

 

 真木 (真)

邦字新聞『ホノルル・ヘラルド』横浜支局記者。

 

 玉城蘭基 (玉)

小さな喫茶店の二階に一室を借りている『ホノルル・ヘラルド』横浜支局の支局長。
五十七歳。ハワイの文学青年あがり。

 

 藤田博士 (藤)

横浜犯罪科学研究所に所属。死体解剖実績二百数十回。
犯罪医学界では日本的権威と呼ばれている。

 

 

 

 第一話  美人屋敷の秘密/(真)(玉)(藤)

元町トンネル内で大型トラックに跳ね飛ばされ即死した資産家・波越東作。氏はつい最近まで、精神病というか狂犬病にも似た症状で入院中の身だった。真木が波越家を訪れると、家族はみな夢遊病者のような状態。しかも夫人・波越緋紗子は真木の目の前で娘の喉を締めたかと思うと、自ら首を吊って死んでしまう。解剖を担当した藤田博士は〝華族の出〟らしからぬ淫らな形跡が波越夫人の身体にあることを真木に伝える。また波越邸近くの雑木林から二十年前に埋められた別の女の屍体が出現。波越邸の外で真木が見かけた怪しい美少年は何者?

港町ヨコハマを題材に風俗的な探偵小説を書くのかと思いきや、いきなり理化学トリックを放り込む北林透馬。

 

 

 第二話  小説家 小栗三平のスキャンダル/(藤)

小栗三平には進駐軍関係の倶楽部でマネージャーをやっている妻・麻利子がいる。その小栗家で彼の愛人と思われる婦人記者・沢見せい子の死体が発見された。事件現場で捕えられた青葉可恵もやはり三平の愛人だと言う。捜査が進むにつれ、せい子には加山喜四郎という製薬会社の研究所に勤める技師の夫がいることが判明。この縺れた人間関係の裏にある秘密とは?

肝心の(?)サイテー男・小栗三平は一度も姿を見せず。この物語のトリックはシネコン中心の現代では成立しない。

 

 

 第三話  刺された女/(藤)

若い女性が肺を刺されて死亡。その被害者・織部園子と何らかの関係がある者たちの証言を繋ぎ合わせてストーリーは進行する。こんな構成でも器用に起承転結を纏める透馬。奈良菊一文珠作のナイフや癩病との因縁を絡ませ、話に重みを与えている点も良い。

藤田博士は深見捜査班長の発言にその名前が出てくるのみ。作者は意識して書いているのか、木々高太郎作品において大心池章次や志賀司馬三郎が前面に出てこず、キーポイントで一瞬登場するあのやり方と似ている。

 

 

 第四話  舞踏会殺人事件/(真)

真木の同窓生・宮下恵一の勤める新興財閥・勝山商事の社長が睡眠薬を飲んで自殺した。社長・勝山善作は宮下の叔父にあたる。勝山にはリリアン苑田という美人秘書がおり、宮下は伯父を通じて結婚の申し込みをしていたが、リリアンの返事は「NO」。しかも彼女はこれを機にハワイへ渡ると言う。

北林透馬は戦前のモボであり、遊び人。そんな彼も創作の一材料としてか、あるいは根深い怒りがあったのか、戦争で悪鬼と化した日本兵の醜行を臆面もなく描いている。真木と宮下の友情、そして温かい結末がドス黒い真相の不快指数を拭い去るので、後味はそれほど悪くない。

 

 

 第五話  阿片窟の女/(真)(玉)

メリケン波止場の大桟橋。真木は偶然にもサリイ(三島砂子)という女と再会。昭和15年、上海のフランス租界で出会った花売娘の少女が成長し日本の地を踏んでいたのだ。天涯孤独なサリイの面倒を見ようとする真木だが、ヨコハマの阿片窟取材に彼女の力が必要となり、サリイを単身潜入させる。

初出誌は『探偵クラブ』1950年12月号。

 

 

 第六話  ヘンな訪問者

詐欺の王様を名乗るハワイ邦人のアレックス・T・スミタ。彼は語り手の〈僕〉に武勇伝を語って聞かせ、自叙伝を書いてほしいと頼むが、結局警察の世話になって、ぽっくり死んでしまったというオチの小品。

初出誌は『探偵倶楽部』1954年12月号。





戦前派の非探偵作家にしてはなかなか健闘している。旧仮名遣いと現代仮名遣いがチャンポンになっていたり、(ここでもまた)誤植が散見され見栄えが悪く、その二点さえ無かったら満点にしていたかもしれない。

 

 

 

(銀) 北林透馬のような人は『「新青年」趣味』でフューチャーされなければならないと私は思うのだけれども、彼に関心を持つ人はいないらしい。山下武『「新青年」をめぐる作家たち』における中村進治郎の章などで、僅かながら透馬に関する情報を得ることができる。