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光文社文庫
2025年5月発売
★★★ ひたすら鮎川哲也をフォローし続ける光文社文庫
光文社文庫の鮎川本に未収録だった短篇をコンパイルした『夜の挽歌/鮎川哲也短編クロニクル1969~1976』と『占魚亭夜話/鮎川哲也短編クロニクル1966~1969』。その第三弾にあたるのが本書。こういったクロニクルの場合、古い作品から順に読ませるのが常套なのに対し、ここでは発表年度の新しいものから古いものへ遡ってゆく配列がなされている。
✾「クシャミ円空」(1965年発表)
『鮎川哲也探偵小説選
Ⅲ 』にて「一夫と豪助の事件簿」と題されていたジュヴナイル・シリーズの中の一篇。怪盗Qは出てくるような出てこないような。書影のとおり今回の帯には〝初文庫化短編含む好評シリーズ最終巻〟と謳ってあり、「クシャミ天空」もそのひとつ。どの作品が初めて文庫に入るのか何も説明が無いため、鮎川マニア以外の読者にしてみれば不親切。また初出一覧はあるものの、底本に何を使用しているのか明記されていない。以前出ていた光文社文庫の鮎川本には書いてあったと思ったんだが。
✾「死が二人を別つまで」(1965年発表)
✾「Nホテル・六〇六号室」(1964年発表)
✾「虚ろな情事」(原題「虚な情事」/1963年発表)
✾「南の旅、北の旅」(1963年発表)
✾「女優の鼻」(1963年発表)
✾「裸で転がる」(1963年発表)
✾「おかめ・ひょっとこ・般若の面」(1961年発表)
✾「海辺の悲劇」(1960年発表)
60年代作品のうち、これまで鮎川著書の表題作になったことがあるのは、老人ホームに絡む計画犯罪を描いた「死が二人を別つまで」、中篇と呼んでも差し支えない「裸で転がる」、芸能界のスキャンダルが事件の発端となる「海辺の悲劇」の三篇。「おかめ・ひょっとこ・般若の面」は昔NHKで放送していたTV番組「私だけが知っている」のシナリオを小説化したもの。たしかこれ出版芸術社の『この謎が解けるか? 鮎川哲也からの挑戦状! 2』に入ってなかったっけ?昭和の頃、旧い家の奥座敷みたいな一室にはなぜか面が飾ってあったりして、私の親戚の家にも般若っぽい面が掛けられていたのを思い出した。
✾「マガーロフ氏の日記」(原題「罪と罰」/1957年発表)
✾「絵のない絵本」(1957年発表)
✾「怪虫」(原題「人喰い芋虫」/1956年発表)
✾「甌」(1956年発表)
✾「朝めしご用心」(原題「朝めし御用心」/1955年発表)
✾「山荘の一夜」(1954年発表)
片やゲテモノもありの50年代。奥多摩から姿を現わした芋虫の化物が都心へ襲ってくる「怪虫」は鮎川のパブリック・イメージから最も遠いSF小説。文明批判を孕ませそうな気配はありながらエンディングにそれらしき警句を投げ掛けることもせず、奇妙な流れのまま幕が下りる。「甌」もお堅い鮎川の筆とは思えぬ品の無いオチ。結果、バラエティ豊かといえば聞こえはいいが、心に残る程の作品は少ない。〝「黒いトランク」の発表前後に書かれた瑞々しい作品〟というのが本書の売り文句。この売り文句に惑わされすぎると馬鹿を見る。
この三十年、光文社は途切れなく鮎川哲也の文庫をリリースし続けているけれども、彼の本ってどれぐらいライト・ユーザーに読まれているのだろう?鮎川と言えば本格&トリックの人だが、多くの作品は戦後小市民的背景を基に書かれており、そこだけ見れば松本清張作品の登場人物と何ら変わりない。言い換えれば、論理の妙味はあっても探偵小説のロマンは感じられない。ただその分、もしかしたら一般層の読者には江戸川乱歩や横溝正史ではなく、松本清張に近い存在として消費されているのかも。
(銀) 本書の解説を執筆しているのは山前譲。ここ数年メディアで近影を目にすることも無く光文社文庫の解説で彼の生存確認をしているようなところがある。でも、新保博久や日下三蔵をはじめとした「X」依存の迷惑な年寄りになるより、ネットから距離を置いた今のスタンスでいるほうがずっとクレバーに映る。
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