二年前に始まった「合作探偵小説コレクション」も今回が最終巻。全八巻における数々の合作・連作・競作を振り返ってみると、一つの傾向が見えてくる。もし戦前の「江川蘭子」(昭和5年/第一巻収録)が成功していれば、目鼻立ちのハッキリした主人公を押し立てて物語を進行させるパターンはそのあと度々繰り返されたかもしれない。だが、そうはならなかった。江戸川乱歩が担当した第一回のインパクトを後続メンバーが理想的にバトンリレーすること儘ならず、「江川蘭子」は尻すぼみに終わってしまう。
「畸形の天女」(昭和28年/第二巻収録)もまたしかり。「全体のストーリーならまずまず整ってるんじゃないの?」と評価する声があったとはいえ、「江川蘭子」と同じく第一回にて乱歩が提示した女子高生・北野ふみ子の淫靡さを他の作家達が十全に引き出せたとは言い難い。
連作のプロットも様々あるだろうが、一人の強力なキャラクターを軸に物語を拡げてゆく場合、一番手を担当する作家が主人公を魅力ある存在に設定できるかどうかがまず最初の課題になる。だがそれは言い方を変えれば、箸にも棒にも掛からぬ主人公を立ててしまった日には、その時点で全てがおじゃんになってしまう訳だし、一番手の背負い込む責任は小さくない。
更に、いくら一番手の作家が主人公の造形に凝ったところで、回を重ねるたび方向性がどんどんブレてゆくのも事実。「楠田匡介の悪党ぶり」(昭和2年/第六巻収録)だとか「桂井助教授探偵日記」(昭和29年/第七巻収録)のような一話完結型ならそこそこ上手くいくものの、書き手側はメインキャラの個性を売りにする続きものに対して、あまり意欲を喚起されなかったようだ。
最近文庫化された小森収の対談本で誰かが言っていたと思うのだけど、社会派ミステリがつまらない理由のひとつにヒーローが生まれない点が挙げられていた。合作・連作・競作にも同じことが言える。一般の読者に認知してもらえる良作さえ作れないのに、どうやってポピュラーなアイコンが生まれるというのか。オブラートに包まず率直に言えば、そこまで力を注ぐ必要性を作家は感じておらず、個人名義の作品に比べたら合作・連作の如き企画なんて取るに足らないお遊び的な仕事。あってもなくてもいいようなものにすぎない。
漠然とした印象だと、この手の企画には文学派より本格派の探偵作家のほうが個々の良さを発揮できている気がする。文学派の作家とて、大下宇陀児が楠田匡介と組んで書き下ろした「執念」(昭和27年/第七巻収録)みたいに合格点を与えられるものもなくはないが、総体的に見たら、本格派作家の奮闘が記憶に残る。結局のところ纏まりが良いのは、第四巻に収録された「十三の階段」(昭和29年)はじめ戦後派の面々が頑張った数作(☜)で、あのレベルのクオリティーを備えた作品にはなかなかお目にかかれなかった。
順序が逆になってしまったが、
本書第八巻『悪魔の賭/京都旅行殺人事件』についても触れておこう。
「鯨」(昭和28年)
島田一男 → 鷲尾三郎 → 岡田鯱彦
「魔法と聖書」(昭和29年)
大下宇陀児 → 島田一男 → 岡田鯱彦
「狂人館」(昭和30年)
大下宇陀児 → 水谷準 → 島田一男
この三作は『狂人館』(東方社)の記事(☜)にて言及しているので、御手数だが左記の色文字をクリックし、そちらを御覧頂きたい。本巻の中でも私はやっぱり「鯨」が好きだな。
「薔薇と注射針」(昭和29年)
前篇 薔薇と五月祭 木々高太郎
中篇 七人目の訪客 渡辺啓助
後編 ヴィナス誕生 村上信彦
前篇を受け持つ木々高太郎がそれなりに状況設定を拵えており、本格派の作家なら、そこに登場している顔ぶれだけでケリを付けようと苦心して続きを書きそうなもんだが、なんと渡辺啓助は新たな登場人物・天宮寺乙彦を追加投入。そのあと彼が少なからず事件の鍵を握る存在になってしまって、池田マイ子殺しの犯人と動機を推理する物語として読むには甚くバランス悪し。
「火星の男」(昭和29年)
前篇 二匹の野獣 水谷準
中篇 地上の渦巻 永瀬三吾
後編 虜われ星 夢座海二
永瀬三吾と夢座海二が無理くりフォローしてはいるが、シリアスなオチで終わらせたいのなら、前篇の水谷準がここまでぎくしゃくしたプロローグにするのは間違っている。前篇の終りで殺人を犯した男が酔って崖から転落してしまうため、てっきり読者は「ああ、これは笑わせる方向に持っていこうとしているんだな」と思ってしまうよ。加えて大した必然性も無いのに、殺人者の男を火星人(カセイジン)などと呼ばせているのも「プリンプリン物語」じゃあるまいしダサイなあ。
「密室の妖光」(昭和47年)
大谷羊太郎/鮎川哲也
「悪魔の賭」(昭和53年)
問題編① 斎藤栄
問題編② 山村美沙
解答篇 小林久三
「京都旅行殺人事件」(昭和57年)
問題編① 西村京太郎
問題編② 山村美沙
解答編 山村美沙
「鎌倉の密室」(昭和59年)
渡辺剣次/松村喜雄
昭和生まれの作家、また乱歩が没した昭和40年よりあとに発表された作品となると、もはや私の読書対象では無いので、これら四作品についてコメントすべきことは何も無い。とは言うものの強いて一言述べるとすれば、鮎川哲也と松村喜雄がそれぞれ関与している「密室の妖光」及び「鎌倉の密室」はいかにもあの二人らしい内容で、本格好きの読者には良いんじゃない?
編者解説にて、日下三蔵が全八巻の収録から漏れた十四作品を挙げている。
そのうち昭和30年代までに発表された七作がこちら。
「皆な国境へ行け」(昭和6年)
伊東憲/城昌幸/角田喜久雄/藤邨蠻
「謎の女」(昭和7年)
平林初之輔/冬木荒之介
「A1号」(昭和9年)
九鬼澹/左頭弦馬/杉並千幹/戸田巽/山本禾太郎/伊東利夫
「再生綺譚」(昭和21年)
乾信一郎/玉川一郎/宮崎博史/北町一郎
「謎の十字架」(昭和23年)
乾信一郎/玉川一郎/宮崎博史/いま・はるべ
「幽霊西え行く」(昭和26年)
高木彬光/島田一男
「一人二役の死」(昭和32年)
木々高太郎/富士前研二(辻二郎)/浜青二/竹早糸二/木々高太郎
江戸川乱歩/山田風太郎の参加した合作・連作はこれまで単行本化されていたけれど、それ以外のものとなると放置状態だったので、「合作探偵小説コレクション」の刊行により相当数の作品が(過去の春陽堂がご執心だった言葉狩りの被害も無く)読めるようになったことは喜ばしい。
ただそのわりには、合作・連作に該当しない江戸川乱歩の中絶作「悪霊」「空気男(二人の探偵小説家)」を無駄に収録したり、本来収録すべき昭和前期の作品を押しのけてまで西村京太郎や斎藤栄を入れてしまう日下の方針はいつものことながら私には理解不能である。
(銀) それにしても春陽堂書店と日下三蔵の相思相愛ぶりが・・・。人を見る目が無いというのは実に危ういことだ。
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