浜田雄介(編)乱歩蔵びらき委員会(発行)とクレジットされているが、実際市場に売りに出され散逸の危機にあった小酒井不木宛江戸川乱歩書簡に目を付け、本書の刊行にまでこぎ着けたのはwebサイト『名張人外境』の主宰であり超労作『江戸川乱歩 リファレンスブック』全三巻を上梓した才人・中相作。書簡集を作るとしても、そこらの凡愚だったら書簡内容を並べて解説を付けて「ハイ、終わり」となるところだが流石に役者が違う。この本の濃密な情報量はどうだ。村上裕徳による縦横無尽な脚注が乱歩-不木書簡の副音声となって、当時の探偵文壇状況・作家達の人間模様を見事に焙り出している。
作家デビューした時は謙虚だったのに徐々に変化してゆく乱歩。その名声ぶりに噛み付く前田河広一郎。傑作を生み続ける乱歩を唯一脅かす平林初之輔の鋭い批評。小酒井不木の乱歩への深い敬愛ぶりに嫉妬の炎を燃やす国枝史郎。そして不木突然の病死の裏には、後の「真珠郎」を地で行く一人の男の存在があった・・・。
村上裕徳の脚注を「独善的」と言う声もあったと聞くが愚かな意見だ。大衆文学に通じた確かな書誌知識に基づいている上、中相作を中心として『新青年』研究会員といった手練の者達が細かいチェックを加えている徹底ぶりなのだから。巻末には乱歩/不木随筆・論考・解説・年表・索引。更に凝りに凝った付属CD-ROMでほぼ全ての書簡画像さえ見る事ができる。これこそ書簡集の手本ともいうべき素晴らしい一冊。
中相作にお願いしたい。噂が出てから15年も過ぎたのに誰も動こうとしない『江戸川乱歩−横溝正史書簡集』を是非とも刊行して頂けないだろうか?両雄相並ぶ偉大な探偵小説家なのに、乱歩に大きく遅れをとって正史に踏み込んだ良質な評論書は悲しいほどにない。もし実現したら本書以上の大反響になる筈。『名張人外境』内で少し手を付けたままの『江戸川乱歩年譜集成』と同様、喉から手が出るほど読みたいのである。
(銀) 皓星社は本書が出た直後、関係者と業界人のコメントを収録した小冊子『「子不語の夢」に捧げる』を非売品として頒布した。
このBlogはどなたにもリンクをお願いしておらず、ネットという大海に浮かぶちっぽけな小島にすぎない。だが「名張人外境ブログ2.0」にて今野真二『乱歩の日本語』が話題に上がった時、私のBlogを引用してコメント投稿した人がおられたようで、私の『乱歩の日本語』評を読まれた中氏は2020年6月18日におけるこのBlogの項をリンクして下さった。中氏には感謝の意を申し上げると共に、私が三重の名張に足を向けて寝るようなことは絶対無い。