2021年1月1日金曜日

『乱歩謎解きクロニクル』中相作

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言視舎
2018年3月発売



★★★★★   乱歩という巨大な騙し絵の謎を解き明かす



藍峯舎という小さな出版社が江戸川乱歩もしくは乱歩と繋がりのある作家を対象とした美しい書物を静かに作り続けている。商業ベースに乗る本では決して味わえない造本技術を駆使し、仕上げには中相作の解説を添える贅沢さ。限定発売される本の部数は毎回わずか200~300ほど。 

        


2012~2019年までのあいだに発売された藍峯舎の本、そしてそこに収められている中相作が執筆した解説一覧をご覧頂こう。本書『乱歩謎解きクロニクル』にも再録された解説にはマークを付す。



   2012

『赤き死の假面』 エドガー・アラン・ポー 著/江戸川亂步 

「ポーと乱歩 奇譚の水脈」 中相作  

 

   2013

『屋根裏の散歩者』 江戸川亂步 著/池田満寿夫 挿畫

「真珠社主人 平井通」 中相作

 

   2014

『完本 黒蜥蜴』 江戸川亂步/三島由紀夫 著

「乱歩と三島 女賊への恋」 中相作  

 

   2015

『鬼火 オリジナル完全版』 横溝正史 著/竹中英太郎 挿畫

「〈鬼火〉因縁話」 中相作  

 

   2015

『江戸川亂步自選短篇集 「幻想と怪奇」』 江戸川亂歩 著/坂東壮一 挿畫

「猟奇の果て 遊戯の終わり」 中相作  

 

   2016

『江戸川亂步 「奇譚」』 翻刻・校訂 中相作

 

  2018

『完本 陰獣』 江戸川亂步 著/竹中英太郎 挿畫

「江戸川亂步の不思議な犯罪」 中相作  

 

   2018

『ポー奇譚集』 エドガー・アラン・ポー 著/渡邊温・渡邊啓助 譯/坂東壮一 挿畫

「昭和四年のエドガー・ポー」 中相作

 

   2019

『猫町』 萩原朔太郎 著/林千絵 挿畫

「猫町への散歩者」 中相作

 

 

本書リリースよりも前に書かれた解説のうち『屋根裏の散歩者』収録の「真珠社主人 平井通」は藍峯舎の本でしか読むことができない。だが是非とも読んでみたいとおっしゃる方に朗報。『屋根裏の散歩者』だけは2021年元旦の現在、ごく少部数の在庫をまだ版元が持っておられる。転売サイトや古本屋でボッタクられる前に定価で新品を購入できるので藍峯舎webサイトへ是非どうぞ。


                   



本書の扇の要は巻頭の「涙香、『新青年』、乱歩」中相作は折に触れそれまで無条件に定説として引用されてきた乱歩の自伝ともいうべき大作『探偵小説四十年』は小説以上に問題作だ」と提言してきた。

 

 

例えば(特に戦後)、本格至上主義を掲げてきたというのに結局乱歩は歴史に残る本格長篇小説を書く事ができなかった。「陰獣」は中篇程度の量だし、あくどい変格臭もあるので完全なる本格長篇だとは認めない人もいた。そこで著者は乱歩の少年期にまで遡り、平井太郎なる人物の資質をクローズアップする。


 

すると浮かび上がってきたのが「私の探偵小説は〈絵探し〉からはじまる」という乱歩の一言。ある絵をボーッと眺めていると一見その姿はAだが、よくよく覗き込めば全く別の姿Bが隠されている。 ❛騙し絵のからくり❜ こそ乱歩の原点だった___。    



ところが〈絵探し〉と〈探偵小説〉は実は似て非なるものであって、いくつもの ❛計算違い❜ が徐々に乱歩の背中を追いかけてくる。遂には己自身の存在に騙し絵のようなトリックを仕込まざるを得なくなり、乱歩はどうしても『探偵小説四十年』を書かねばならなかった。そんな誰も言及する事の無かった乱歩の大秘密に中相作は手を付けてしまったのだ。



                   



藍峯舎の本に書き下ろされた解説(それはひとつひとつが独立した評論と呼べるものだ)は全く別個の課題に対して書かれた筈なのに、こうして一冊の本に纏まるとメインテーマ「涙香、『新青年』、乱歩」と不思議にリンクしてくる巧妙なマジックさえも楽しませるのが『名張人外境』主人の底力。江戸川乱歩という存在の謎解きを長年腰を据えて進めてきた中相作の筆が冴え渡る快作である。



そういえばいきなり中相作を訪ねてきて「言視舎という出版社をセッティングするから乱歩の本を書け」と言ったのが鷲田小彌太だそうで、それで本書を刊行する事になったとか。『横溝正史研究』で散々醜態を晒した無能な年寄りが上から目線で中相作に指図しているのだから、身の程知らず以外の何物でもない。




(銀) 正月三が日は更新を休んでゆっくりしようと思ったものの、どうせ寒冷前線でコロナ・ウィルスの感染が活発な中、初詣も控えざるをえない2021年の年明けだ。むしろいつもよりBlogを書くのに時間を使えそうだし、Amazonに投稿した探偵小説関連のレビューをここへ救出する作業もあと少しで一段落する。なんとなく通常運転のまま元旦も記事をupする事にした。



元旦の記事には藍峯舎の新刊を取り上げたかったが、昨年は残念ながら新刊の発売はなかった。それならというので、まだ本書の読後の感想を書いていなかったし新年を寿ぐのに相応しい一冊から一年を始めたくて本書を選んだ。



興味深いのは、発売されて二年以上が経つのに(いい加減な☆評価こそ付けられているものの)本書ほどの乱歩研究書へAmazonのレビュー投稿がひとつも無いというのは、真っ当な価値観を持っている人はAmazonへレビューなど一切書かなくなったのを改めて象徴している。