2021年7月27日火曜日

『女妖』江戸川乱歩/横溝正史

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九州日報
1930年2月11日~2月22日掲載




② 「死人の横顔」(1)~(10)





【この章のストーリー・ダイジェスト】


▲ 「死人の横顔」(1)~(10


「春巣街で〝巴里の伊達男〟と呼ばれる成瀬珊瑚子爵が身元不明の美人を殺害」とのニュースは新聞のネタとなり、満璃子という女の遺体を公開した死体陳列所は市民の見物人で長蛇の列だ。その中に厚いヴェールで顔を隠し、手袋の下の指には目映いばかりのダイヤの指輪をはめている世の常ではなさそうな若い婦人がいて、遺体を見るとすぐに立ち去った。見物人の後列にはまた別の二十二、三と思しき、服装はよくないながらも美しさを秘めた金髪の女性が並んでいたが、満璃子の遺体を目の当たりにしてふらつく。名越梨庵と名乗る老紳士伯爵は初対面ながらも彼女を気遣う

 

 

先に死体陳列所から出ていったヴェールの婦人を蛭田紫影検事が尾行。女は成瀬子爵と婚約中の春日花子だった。突然路上で浮浪者が花子に手渡した紙切れ、その文面は「しばらく身を隠す」という成瀬子爵からの通信で、それを知った蛭田検事は自分を捨て子爵に走った花子をなじる。蛭田は少年時代に父が落命し、親類たちの裏切りによって天涯孤独の身となったが、父の旧友・春日龍三の厚意で春日家に引き取られ、花子とは兄妹のように育った。しかし我儘三昧な環境の中で、次第に蛭田の中に悪い芽が育ち、花子へのプロポーズを断られた彼は春日家を去り、世間への復讐の為に鬼検事となったのである。

 

                     



上に掲げた章題の横にあるカッコ内の数字は、その章が含む連載回の数を指している。以下は「死人の横顔」の章にて、春陽文庫(上段)と『九州日報』(下段)のテキストが明らかに一致しない箇所を拾い出したもの。 

 

 

A   嫌疑者成瀬子爵とその許婚者  (春)  3510行目

  嫌疑も成瀬子爵と、その許婚者 (九)

  一見、春陽文庫のほうが正しそうだが『北海タイムス』ではどうなっているのだろう?

 

 

B   さも恐ろしそうに叫んだ  (春)  363行目

     さも恐ろしさうにさう叫んだ(九)

 

 

C    鼻の先から奪われ、        (春)  385行目

      鼻の先から奪はれて行くさへあるに、(九)

 

 

D    その物腰なり                                  (春)  394行目

        その態度(ものごし、とルビあり)なり(九)

     『九州日報』では〝態度〟と書いて〝ものごし〟と読ませている。

 

 

E    はっとして顔を上げた拍子に          (春)  402行目

   ハッとして面(かほ、とルビあり)を擧げた拍子に(九)

    ここだけでなく他でも、横溝正史は顔ではなく面と書いて

   〝かお〟と読ませたい場面があっただろうに。


                     




F      何かを打ち案じていたが            (春)  407行目

   何等(なんら、とルビあり)かを打ち案じてゐるが(九)



G    慄える声を押し静めながら(春)  4816

        慄へる聲を押し鎮めながら(九)

   せっかく〝慄える〟の漢字はそのままにしておきながら、

  〝鎮〟を〝静〟へ変えてしまうとは。

 

 

H    この異常な女の行動   (春)  494行目

        この気違ひめいた女の行動(九)

   〝 狂人 〟はOKなのに〝 気違い 〟はアウトらしい。その倫理が私には理解できん。

 

 

I     さも面映ゆげに           (春)  502行目

        さも面恥(おもはゆ、とルビあり)げに(九)

 

 
 

J     似合わしからぬ身形(みなり、とルビあり)様子だった  (春)  504行目

          似合はしからぬ服装(みなり、とルビあり)なり容子だった(九)

 

                       



K   「ほほう、これは素敵すてき」(春)  507行目

       「ほゝう、これは素敵々々」 (九)

  意味は全く同じでも、春陽文庫のこの文字遣いはセンスが無い。

 

 

L     街路の傍らに身を寄せると(春)  5014行目

     街の方傍に身を寄せると (九)

     これは意味的に春陽文庫のほうが正しい気がする。

 

 

M     ズボンのポケットの中に          (春)  518行目

   洋袴(ずぼん、とルビあり)のポケットの中に(九)

 

 

N     やがて断念したように           (春)  529行目

       やがて断念(あきらめ、とルビあり)たように(九)

 

 

O     お宅へお伺いしているのですよ   (春)  533行目

         お宅へお訪(と)ひしているのですよ(九)

 

                        



P   花子へ手渡された紙切れの最後に〝なるせ〟と記名がしてある(春)  562行目

 〝なるせ〟の記名がない                       (九)

『北海タイムス』には〝なるせ〟と入っていたのだろうか?

 

 

Q   わたくしには分かりません(春)  573行目

         あたしには分りません  (九)

         春陽文庫はおしなべて〝あたし〟を〝わたくし〟に変えてしまっている。

 

 

R   胸のうちに込み上げてくるものをしいて抑えながら   (春)  5710行目

   胸の中(うち)にこみ上げて来るのを、強ひて押へながら(九)

 

 

S   突然、急所を刺されたように(春)  5813行目

   突然急所を指されたやうに (九)

 

 

T   しかし、紫影さま、あなただけは違います(春)  6011行目

  然し、紫影、貴方だけは違ひます    (九)

  これは『九州日報』の校正ミスだろう。


                       

 

U   わたくしを苦しめるために検事になったのです(春)  6012行目

   あたしを苦しめる検事になったのです    (九)

   春陽文庫は考えすぎて、余計な〝ために〟を付け足してしまったか。

 

 

V   狂気じみた情熱が輝いた      (春)  613行目

   狂氣(きちが)ひじみた情熱が輝いた(九)

   当時のテキストで確認しないと、つい見落としてしまいそうな言葉狩り。

 

 

W  あなたとわたくしとは長いこと   (春)  615行目

   貴女(あなた)とあたしとは長い事 (九)

   ここでいう〝あなた〟は蛭田検事の事だから、〝貴女〟とするのはミス。

 


X   花子が言ったとおりである(春)  6311行目

   花子がいつた通りであつた(九)



                     



〝キチガヒ〟に関するワード自粛病は、この〈探偵CLUB〉のみならず、昭和後期から平成に至る春陽堂書店のどの本を読んでも付き纏ってくる。




(銀) こちらの伊藤幾久造画伯による、名越梨庵伯爵に抱きかかえられた女性の図を御覧頂きたい。


これは「女妖」第14回 「死人の横顔」(4)に付された挿絵である。
これと同じ挿絵が春陽文庫版『覆面の佳人』45頁にも再録されている。



挿絵画家が同じなのだから『北海タイムス』用に書かれた挿絵を『九州日報』でもそのまま使っているのは当然として、小説原稿のほうも、どうやら同じものを再利用しているようだ。章立てとかを見ても『九州日報』と春陽文庫『覆面の佳人』の間で違いが見られないし。

 


③へつづく。