2021年7月25日日曜日

『女妖』江戸川乱歩/横溝正史

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九州日報
1930年2月1日~2月10日掲載



① 「雪中の惨劇」(1)~(10)




それでは戦前の福岡で発行された『九州日報』に連載された「女妖」のコピーを用いて、北海道の初出新聞『北海タイムス』を底本にした1997年刊春陽文庫版『覆面の佳人―或は「女妖」―』のテキストはどれだけ信用できるのか、検証を始めよう。

 

 

【チェックに当たっての決め事】

作者自ら『九州日報』掲載時に実践したと思しき「改稿」や、春陽堂編集部の「言葉狩り/語句 改変」といった、明らかに両者が一致しない箇所があれば拾い出すのは勿論だが、「旧仮名遣い → 現代仮名遣い」「旧漢字 → 現代流漢字遣い」への変換は無視する。春陽堂書店は漢字を開いたり、擬態語(例:わなわな/すらすら etc)をカタカナ → ひらがなへ変換したり(その逆もある)、そういった事を訳もなく頻繁に行うので、全部ピックアップしてたら埒が明かないから、目に余ると思った箇所だけ拾うつもり。

 

 

この「女妖」記事冒頭では毎回、各章あらすじのダイジェストを冒頭に記す。前回の記事(⓪)に載せた作者の言葉どおり、パリが舞台なのに登場人物の名前は日本人という、いかにも明治の黒岩涙香スタイルを意識した小説になっている。


▲ 「雪中の惨劇」(1)~(10)


十二月の雪の夜、巴里の貧民窟・春巣街。警察には与太者の隠れ家と睨まれている安藤婆さんの家で、間借人の満璃子という三十五、六の女がナイフで心臓を一突きされ怖ろしい形相で死んでおり、その傍らには人品賤しからぬ紳士が両手の白手袋を血塗れにして気を失っていた。満璃子をこの家に置くきっかけは、安藤婆さんの伜で無頼漢の牛松だったと婆さんは申告。


事件現場に冷酷なる鬼検事・蛭田紫影が現れ、倒れていた紳士が蛭田の仇敵・成瀬珊瑚子爵である事、殺人に使われたナイフには「 Sより H嬢へ贈る」と彫ってあり成瀬子爵が資産家の令嬢・春日花子のフィアンセである事、それらを根拠に成瀬子爵を警察へ連行しようとするが、外で待っていた馬車の馭者が突然蛭田検事の顔面を鞭打つと、そのまま子爵を奪い去っていった。

 

                    



以下は「雪中の惨劇」の章にて春陽文庫(上段)と『九州日報』(下段)のテキストが明らかに一致しない箇所を拾い出したもの。 

     


A   不意を食らった鷲塚巡査(春)  310行目

     不意を喰つた鷲塚巡査 (九)

 

 

B     黒い中折帽を目深に冠り(春)  313行目

     黒い中折帽を眉深に被り(九)

     春陽文庫は「被る」が全て「冠る」にされているようだ。

 


C   男装女子としか思えない(春)  316行目

       男装女子としか思えぬ   (九)

 

 

D         左側に当たる家の一階の窓から(春)  412行目

           左側に當る家の二階の窓から   (九)

     これはその後の展開から、春陽文庫のほうが間違っているのがわかる。

 

 

E    すぐ左側にある部屋の扉を開けた         (春)  515行目

    直(すぐ、とのルビあり)左側なる部屋の扉を開けた(九)


                   

 


F    早くしないとまた暴れだしますよ(春)  613行目

    早くしないと又荒れ出しますよ (九)

 

 

G    いましも息を吹き返した男のほうを(春)  75行目

            今しも息を吹返しかけた男の方を (九)

 

 

H    どことなく昔の美貌の跡が(春)  711行目

            何處やらに昔の美貌の跡が(九)

 

 

I     紳士というも恥ずかしくない   (春)  88行目

          紳士といふも耻(ママ)かしからぬ(九)

 

 

J     安藤婆さんがごてごてと(春)  911行目

          安藤婆さんがゴトゴトと(九)

      警察へ電話をしに行っていた安藤婆さんが戻ってくるシーンから

      〝 ゴトゴト 〟のほうが正しいのがわかる。


                   

 


K     それをきみに進ぜよう  (春)  1010行目

         それを君に進(あ)げよう(九)

 

 

L         そうたやすく分かるかどうか(春)  141行目

         さう容易く分かるや否や  (九)

 

 

M    馬鹿か狂人か(春)  1715行目

              馬鹿か狂人か(九)

     〝 狂人 〟のワードは春陽文庫でもそのまま生かされている。

 

 

N           二人の間の言い争いは(春)  1913行目

      二人の間の言葉爭ひは(九)

 

 

O    彼の敏腕がそうさせているからである(春)  1917行目

          彼の敏腕の然らしむる所なのだ   (九)

 

                    




P     その争闘をゆるめようとはしなかっただろう               (春)  2012行目

     死ぬまでその争闘をゆるめやうとはしなかつたであらう (九)

 

 

Q     毒を含ませた針を持ち、傍らで聞いている者に(春)  2114行目

           毒を含ませ針を蔵し、傍らに聞くものをして   (九)

 

 

R      いまパリ社交界随一の                 (春)  275行目

          今パリー(ママ)で交際社會随一の(九)

        パリは『九州日報』では、巴里だったりパリーだったり表記が揺れている。

 

 

S      二十七、八くらいの頑丈そうな(春)  297行目

      二十七歳位の頑丈さうな        (九)

 

 

T    「えっ?」          (春)  3011行目

        「之?」(これ、とルビあり) (九)

     これは明らかに『九州日報』のほうのミス。「え?」を之と間違えたのだろう。

 

 

U      参っていたところなので(春)  325行目

        参っていた折柄    (九)



                     




最初の章からこんなにも首を傾げたくなる異同が見つかってしまい、やっぱりこの検証企画やらないほうがよかったかなと後悔。これでも数えきれない程の気になる箇所にかなり目をつぶった上でのカウントだからなあ。さすが春陽堂、というか、あの出版社の〝いい加減さ〟を私はまだまだ軽く見ていたようだ。




(銀) せっかく横溝正史が涙香調にするため古めかしい語り口で書いているのに、そういった言葉遣いをどれもこれも勝手に書き変えたり、句読点なども無視していたり、無駄に読みやすくしすぎで、これでは作者の意図が台無しじゃん。

言った以上はこのテキスト・チェック、最後までやり遂げねばなるまいが、どうなる事やら。


②へつづく。