⑨ 「古塔の老婆」(1)~(14)
【注意!】現在、連続企画としてテキストの異同を中心としたこの長篇の検証を行っていますが一部のネタバレは避け難く、「覆面の佳人」(=「女妖」)の核心部分を知りたくないという方は、本日の記事はなるべくお読みにならない事をお勧め致します。
【この章のストーリー・ダイジェスト】
▲ 「古塔の老婆」(1)~(14)
河内兵部の子孫の一人である綾小路浪子は春巣街事件の手掛かりを求めて、巴里のずっと南にあるシャトワール村へ向かう。彼女の乗る列車には千家篤麿の姿もあった。シャトワール村には河内兵部が昔住んでいた河内荘と呼ばれる中世期風の古城が立っている。浪子は河内荘の門内にある村役場で、自分の他にはどんな子孫がいるのかを知るため謄本閲覧を申し出ると、その日同じ目的で訪ねてきた者が浪子の前に二人もいるというではないか。しかも浪子が見たかった謄本のページは破り取られていた。
幸いにも救われた幼い小夏を巴里に引き取ろうと浪子は考えていたが、ほんの少し目を離した隙に小夏は若い紳士に連れ去られる。その紳士が河内荘のほうへ歩いていったという情報を得て、浪子は宿の給仕達数名の男と共に河内荘の塔へ急ぐ。塔上の真っ暗な部屋には、何者かに拉致されていたあの木澤由良子が監禁されており、浪子と再会できたにもかかわらず、由良子は幽霊のように無表情。部屋の穴倉には小夏も囚われていた。
以下は「古塔の老婆」の章にて、春陽文庫(上段)と『九州日報』(下段)のテキストが明らかに一致しない箇所を拾い出したもの。
A 外国貴族らしい紳士。それについで青年貴公子。 (春) 242頁15行目
外國の貴族らしい紳士。それについで、中年の青年貴公子。(九)
〝中年の青年〟って何?
B シャトワール村に着きさえすれば(春) 244頁1行目
シャトワールの村さへ着けば (九)
C 四、五町でございましょうか(春) 246頁10行目
四五丁でございませうか (九)
D そうやで(春) 248頁15行目
さやうで(九)
〝そうやで〟じゃなくて〝さようで〟では?
E これは一時も猶予ならぬと思った(春) 250頁12行目
これは一刻も猶豫ならぬと思つた(九)
F と五十格好の、 (春) 251頁6行目
と、奥の方から、五十格好の、(九)
G 最近千切ったものに違いない (春) 253頁6行目
最近に千切つたものに違ひない(九)
H 老人は暢気そうに奥から出てきた (春) 254頁3行目
老役人は暢氣さうに奥から出て来た(九)
このあと春陽文庫も『九州日報』も〝役〟の字を抜かしている箇所がある。
I 赤っぽい階段を上っていった(春) 254頁 17行目
垢つぽい階段を登つて行つた(九)
現代人には通じにくいけれど、これは〝赤〟と変換すべきではないと思う。
昔の人は〝垢っぽい〟という言葉を使っていたのかもしれないし。
J 彼は足を忍ばせながら (春) 257頁6行目
彼は足跫(あしおと、とルビあり)を忍ばせながら(九)
K 彼女は人でなしじゃ (春) 258頁13行目
彼女(あいつ、とルビあり)は人でなしぢや(九)
お利枝婆さんとお鈴は親子なのだから、
ここは底本のとおりに〝あいつ〟というルビを入れないとおかしい。
L 浪子はそれを見ると急いで駆け寄った。無惨にも咽喉を絞められたとみえて、
頸(くび)の周囲には青黒い痣がついて(春) 259頁6行目
頸(くび)の周圍には靑黑い痣がついて(九)
〝浪子は ~ 絞められたとみえて〟のくだりが何故『九州日報』には無いのだろう?
M なんという恐ろしい殺人鬼だろう(春) 259頁10行目
何といふ恐ろしい人鬼だらう (九)
N きょろきょろと辺りを見回していたが(春) 260頁5行目
きよときよとと邊を見廻してゐたが (九)
O しかし、相手もさる者、そうやすやす (春) 263頁8行目
然(しか)も、相手もさる者、さう易々と(九)
P 春陽文庫の264頁2行目から265頁3行目にあたる数行、
〝その翌日、浪子は小夏を伴ってパリへ帰ることになっていた〟から
〝たったいままでそこいらにいたのに・・・」〟までの部分が、
『九州日報』では、この回の最終行〝じっと前方に目を据えていた。〟の後へ
ゴッソリ移動している。『九州日報』の人間が内容をよく読まずに
原稿の順番を取り違えてしまったに相違ない。信じられんミスだ。
Q みないちように(春) 268頁14行目
皆一様に (九)
春陽文庫は無闇に漢字を開くから、こんな風に余計解りづらくなる。
R 中の様子を覗(のぞ)いた (春) 269頁15行目
中の様子を覗(うかが)つた(九)
S さながら魂が脱け出したようである(春) 271頁6行目
さながら抜け出したやうである (九)
初出の『北海タイムス』にはちゃんと〝魂が〟は入っていたのだろうか?
T 人であろうがなんであろうが襲ってくる(春) 276頁12行目
人であらうが何であらうが襲ふて来る (九)
U 花子嬢について喜ばしき報をもたらせり (春) 280頁2行目
花子嬢について喜ばしき報を齎(もたら、とルビあり)せり(九)
V 困惑の色が表れる (春) 280頁17行目
困惑の色が窺(うかが)はれる(九)
⑥「奇怪の曲者」の章にて綾小路浪子は足の生爪を剥がしてしまったから、暫くの間は歩くのもしんどい筈なのに、本章では作者がその負傷を忘れてしまったかの如く、遠く離れた村まで行って、彼女は精力的に動き回っている。あの舞踏会の夜からどれほどの日数が経ったのか知りたいものだ。それにしても浪子は春巣街の殺人事件が河内兵部の遺産と関連している事をどうやって知りえたのだろう。
お利枝婆さん ―――― お鈴(娘)
―――― 小夏(孫娘)
↑
〈姉妹〉
↓
安藤婆さん ―――― 春巣街の死美人(娘?)
―――― 牛松(息子)
④にて庄司三平が蛭田に告げた情報、すなわち「春巣街の死美人の名は白根星子といい、彼女は巴里随一の富豪と結婚すると話していた」この件に関し、既に白根辯造なる怪人物は殺されてしまったが、白根星子とはどういう関係なのか?〝お鈴は安藤婆さんの娘という名目で巴里で女優になった〟のなら、お鈴=春巣街の死美人なのか?まだまだ予断を許さない。