2021年8月3日火曜日

『女妖』江戸川乱歩/横溝正史

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九州日報
1930年3月6日~3月16日掲載



④ 「時計の中」 (1) ~(11)




【この章のストーリー・ダイジェスト】

 

▲ 「時計の中」(1)~(11

 

春巣街事件の鍵を握っているのは牛松と睨み、蛭田紫影検事は変装して酒場で張り込んでいる。牛松の情婦・お兼が買物に出かけたと聞き、蛭田検事は誰もいないお兼の部屋に単身踏み込み、もうひとりの部下は外の監視に回った。誰かが帰ってきた様子に気付いた蛭田検事は部屋の隅に立てかけてある大時計の中に身を潜める。すると女の声でお兼を呼ぶ声が。それはあの雪の日の春巣街で、蛭田から成瀬珊瑚を奪っていった女だったではないか。

 

 

だが些細なミスから隠れているのがバレてしまった蛭田検事は大時計の中に閉じ込められ、一枚上手だった女は、その場へ帰ってきたお兼を連れて裏道から姿をくらます。屈辱で怒り心頭の蛭田が検事局へ戻ると、庄司三平という豪州通いの老水夫が訪ねてきていた。老人は春巣街の死美人を知っており、彼女の名は白根星子だと述べる。そして安藤婆さんがあの死美人と牛松の母親だった事も分ってきた。

 

                     


以下は「時計の中」の章にて春陽文庫(上段)と『九州日報』(下段)のテキストが、明らかに一致しない箇所を拾い出したもの。 

 

 

A   おれアな、今日は成金だぜ(春)  1005行目

   俺ア今日は成金だぜ   (九)

 

 

B   よく探ると、彼らはそこで   (春)  1015行目

   そこでよく探ると、彼等は其處で(九)

 

 

C   辺りに気を配りながら小声で         (春)  1024行目

   邊(あたり)に気を配りながら低聲(こごえ)で(九)

 

 

D   なお余りある恋敵なのだ(春)  10216行目

       尚餘りある戀敵なのだ (九)

 

 

E       ドアのノブを回す音が            (春)  10910行目

       扉(とびら、とルビあり)のハンドルを廻す音が(九)

   校正者はどうしても〝ハンドル〟ではなく〝ノブ〟にしないと気が済まないらしい。



                      

 


F     じっと息を殺して(春)  1107行目

   凝つと息を殺して(九)

   この変換も、ここだけに限ったことではないのだけれど。

 

 

G      生憎なことに向こうを向いていたので(春)  1109行目

   生憎な事には、向ふを向いていたので(九)

 

 

H   大きなくしゃみをした        (春)  1113行目

   大きな嚔(くさめ、とルビあり)をした(九)

   昔は〝くしゃみ〟の事を〝くさめ〟と表記していた。

 

 

I   「しまった」    (春)  1116行目

    「失敗(しま)った」(九)

 

 

J    拳を振るう(春)   11211行目

 拳を揮う (九)

 

                       



K   もがけばもがくほど身体の節々(春)  11212行目

   藻掻けば藻掻く程體の節々  (九)

 

 

L   大時計からの無様な格好でようやく(春)  11414行目

   大時計から無様な恰好で漸く   (九)

 

 

M   赤いハンカチを巻いた          (春)  1151行目

         赤い手巾(ハンカチ、とルビあり)を捲いた(九)

 

 

N       しかしあの敏捷さ、そしてあの機知     (春)  1161行目

       然しあの大膽さ、あの敏捷さ、そしてあの機智(九)

   〝大膽さ〟はどこに消えてしまったのだろう?

 

 

O   伝言を頼まれているのだ            (春)  11614行目

     傳言(ことづけ、とルビあり)を頼まれているのだ(九)


 

                       



P   不思議そうにまじまじと(春)  1189行目

   不思議にまじまじと  (九)

 

 

Q  じっと見守っている (春)  1212行目

        凝つと打見守ってゐる(九)

 

 

R   船着場の酒場かなんかで(春)  12110行目

   船着き場の酒場なんかで(九)

 

 

S      わたしがいろいろと介抱してやった        (春)  1223行目

        私が種々(しゅしゅ、とルビあり)と介抱してやつた(九)

 

 

T  「はい、マルセーユの安宿で」              (春)  1235行目

       「ハイ、マルセーイユでございます。マルセーイユの安宿で」(九)

   重要じゃない一節とはいえ、また春陽文庫は勝手に削除している。

 


                    


U   それにドックへ入っておりました          (春)  12315行目

   それに船渠(ドック、とルビあり)へ入って居りました(九)

 

 

V       名越梨庵に変装している(春)  1257行目

       名越梨庵と變裝してゐる(九)

 

 

W   蛭田検事は夢にも思わなかったのである(春)  1259行目

    蛭田検事夢にも思はなかつたのである (九)

 

 

X   おまえさんのほうから来てくれと(春)  12514行目

   お前さんの方から来てくれろと (九)

 

 

Y    お袋さんの居所が分っておりますので?・・・(春)  1276行目

    お袋の居所が分って居りますので?・・・  (九)

    ここも無理に〝さん〟を挿入する必然性が無い。

 

 

Z    何事が起こったのだ(春)  1302行目

    何事か起こったのだ(九)


                     


今日の記事の左上にupした挿絵は、牛松が酒場に立ち寄るのを捕らえるため張り込んでいる変装した蛭田紫影検事とその部下の図。ここらへんは蛭田検事の捜査によって少しずつ謎が解明しているが、それが後半どう変わっていくかに注目。



(銀) 序章では春巣街で殺された女の名を満璃子と呼んでいたが、それっきりだったもんで、てっきり横溝正史が初期設定をド忘れしたのかと思われたが、ここへ来て、あれは安藤婆さんの意図的な口から出まかせだった事が判明。

⑤へつづく。