④ 「時計の中」 (1) ~(11)
【この章のストーリー・ダイジェスト】
▲ 「時計の中」(1)~(11)
春巣街事件の鍵を握っているのは牛松と睨み、蛭田紫影検事は変装して酒場で張り込んでいる。牛松の情婦・お兼が買物に出かけたと聞き、蛭田検事は誰もいないお兼の部屋に単身踏み込み、もうひとりの部下は外の監視に回った。誰かが帰ってきた様子に気付いた蛭田検事は部屋の隅に立てかけてある大時計の中に身を潜める。すると女の声でお兼を呼ぶ声が。それはあの雪の日の春巣街で、蛭田から成瀬珊瑚を奪っていった女だったではないか。
だが些細なミスから隠れているのがバレてしまった蛭田検事は大時計の中に閉じ込められ、一枚上手だった女は、その場へ帰ってきたお兼を連れて裏道から姿をくらます。屈辱で怒り心頭の蛭田が検事局へ戻ると、庄司三平という豪州通いの老水夫が訪ねてきていた。老人は春巣街の死美人を知っており、彼女の名は白根星子だと述べる。そして安藤婆さんがあの死美人と牛松の母親だった事も分ってきた。
以下は「時計の中」の章にて春陽文庫(上段)と『九州日報』(下段)のテキストが、明らかに一致しない箇所を拾い出したもの。
A おれアな、今日は成金だぜ(春) 100頁5行目
俺ア今日は成金だぜ (九)
B よく探ると、彼らはそこで (春) 101頁5行目
そこでよく探ると、彼等は其處で(九)
C 辺りに気を配りながら小声で (春) 102頁4行目
邊(あたり)に気を配りながら低聲(こごえ)で(九)
D なお余りある恋敵なのだ(春) 102頁16行目
尚餘りある戀敵なのだ (九)
E ドアのノブを回す音が (春) 109頁10行目
扉(とびら、とルビあり)のハンドルを廻す音が(九)
校正者はどうしても〝ハンドル〟ではなく〝ノブ〟にしないと気が済まないらしい。
F じっと息を殺して(春) 110頁7行目
凝つと息を殺して(九)
この変換も、ここだけに限ったことではないのだけれど。
G 生憎なことに向こうを向いていたので(春) 110頁9行目
生憎な事には、向ふを向いていたので(九)
H 大きなくしゃみをした (春) 111頁3行目
大きな嚔(くさめ、とルビあり)をした(九)
昔は〝くしゃみ〟の事を〝くさめ〟と表記していた。
I 「しまった」 (春) 111頁6行目
「失敗(しま)った」(九)
J 拳を振るう(春) 112頁11行目
拳を揮う (九)
K もがけばもがくほど身体の節々(春) 112頁12行目
藻掻けば藻掻く程體の節々 (九)
L 大時計からの無様な格好でようやく(春) 114頁14行目
大時計から無様な恰好で漸く (九)
M 赤いハンカチを巻いた (春) 115頁1行目
赤い手巾(ハンカチ、とルビあり)を捲いた(九)
N しかしあの敏捷さ、そしてあの機知 (春) 116頁1行目
然しあの大膽さ、あの敏捷さ、そしてあの機智(九)
〝大膽さ〟はどこに消えてしまったのだろう?
O 伝言を頼まれているのだ (春) 116頁14行目
傳言(ことづけ、とルビあり)を頼まれているのだ(九)
P 不思議そうにまじまじと(春) 118頁9行目
不思議にまじまじと (九)
Q じっと見守っている (春) 121頁2行目
凝つと打見守ってゐる(九)
R 船着場の酒場かなんかで(春) 121頁10行目
船着き場の酒場なんかで(九)
S わたしがいろいろと介抱してやった (春) 122頁3行目
私が種々(しゅしゅ、とルビあり)と介抱してやつた(九)
T 「はい、マルセーユの安宿で」 (春) 123頁5行目
「ハイ、マルセーイユでございます。マルセーイユの安宿で」(九)
重要じゃない一節とはいえ、また春陽文庫は勝手に削除している。
U それにドックへ入っておりました (春) 123頁15行目
それに船渠(ドック、とルビあり)へ入って居りました(九)
V 名越梨庵に変装している(春) 125頁7行目
名越梨庵と變裝してゐる(九)
W 蛭田検事は夢にも思わなかったのである(春) 125頁9行目
蛭田検事夢にも思はなかつたのである (九)
X おまえさんのほうから来てくれと(春) 125頁14行目
お前さんの方から来てくれろと (九)
Y お袋さんの居所が分っておりますので?・・・(春) 127頁6行目
お袋の居所が分って居りますので?・・・ (九)
ここも無理に〝さん〟を挿入する必然性が無い。
Z 何事が起こったのだ(春) 130頁2行目
何事か起こったのだ(九)
今日の記事の左上にupした挿絵は、牛松が酒場に立ち寄るのを捕らえるため張り込んでいる変装した蛭田紫影検事とその部下の図。ここらへんは蛭田検事の捜査によって少しずつ謎が解明しているが、それが後半どう変わっていくかに注目。