2024年5月6日月曜日

『妖奇の船』紀野親次

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照國書店
1947年6月発売



★★★★★   大阪圭吉のレベルまで、もう一息




以前このBlog『狂人の世界より帰りて - 精神病全快者の手記』(コチラの記事を見よの著者・紀野親二に触れた折、漢字が一字違うだけだし、紀野親二=紀野親次なのでは?と推論を述べた。なにしろ昭和22年に発表した著書以外、どういう活動をしていたのかさっぱりわからない・・・なんて前置きは短めに切り上げて、早速本題に入ろう。

 

 

 

表題作になっている長篇「妖奇の船」
何者とも知れぬ幻の探偵作家が書いたものにしては、なかなか面白い。

 

 

登場人物

 

 

中村務/遊覽船グリーン號の運転手。

大野博士/醫學博士。栗山有造とは大學の同窓にあたる老紳士。

菊池船長/グリーン號・船長

 

 

栗山有造/グリーン號の所有者。政治的不正の噂もチラホラ。

栗山有造夫人/有造の妻にして洋子の母。

栗山洋子/栗山家の美しい一人娘。

山田爲之介/有造とは裏で何か強い繋がりがあるらしく、栗山一家と共に乗船している。

 

 

三宅/グリーン號の無電係。中村とは昔からの親友。

富永/下級船員。四國生まれ。

吉田/下級船員。橫濱生まれ。

北川/下級船員。

牛島/下級船員。混血兒か。

白鳥/下級船員。コック。

 

 

白い影の幽霊/?

 

 

 

富豪・栗山有造は家族で遊覧のため、六月の海にグリーン號を出航させている。そこで栗山夫人の指環が紛失したり、有造氏が「二」というたった一文字のみの不可解な打電を三宅無電技師に指示したり奇妙な出来事が連続した直後、有造氏は錠の下りた自らの船室で顔をズタズタに傷付けられ、死んでいるところを発見される。その部屋には娘・栗山洋子の真珠の首飾りが落ちていた・・・。

 

 

 

船上にチラチラ姿を見せる白い影の幽霊の怪奇演出あり、乗船している者が皆怪しく思えたり、大阪圭吉路線をめざして(?)本格調で攻めているのはイイ。ただ登場人物一人一人の奥行きを出すためには(短めの長篇とはいえ)もっと書き込んでほしいし、意外な犯人ではあるけども、そこに辿り着くまでの丁寧な伏線を張っているとは言い難いのが弱点。たとえ強引すぎる真実であろうと、カーばりの無茶なロジックで説明を付けているだけに、「本陣殺人事件」「刺青殺人事件」級は無理でも、あと一押し完成度を上げられたらよかったんだがな~。

 

 

 

「山蟹に呪はれた女」は過去の時代から連綿と繋がるコワ~い因縁もの。内容の安定感では「妖奇の船」より上か。鮎川哲也が編んでいた往年のアンソロジーに入っていてもなんら遜色の無い出来なのに、「妖奇の船」といい、どうして今迄知られていなかったのか不思議でならない。「女白波二代記」は明治の御維新によって世の中が変わりつつある江戸を舞台に、脛に疵持つ母の哀感を描いている。この作だけは探偵趣味から若干外れるかもしれないが、それにより三篇のバラエティが豊かになって好印象を受けたので、少々の問題には目をつぶり本書は満点にした。

 

 

 

これは書こうかどうしようか迷ったけれど、真犯人のネタバレにまでは至らないから、まあいいだろう。「妖奇の船」は一応フーダニットが主題である反面、そこには「やっぱり『狂人の世界より帰りて』の作者だなあ」と思わせる要素がしっかり含まれているのである。紀野親次という作家を知りたいのなら、『狂人の世界より帰りて』は一度読んでおいたほうがモアベター。

 

 

 

 

(銀) これらの三篇はいつ頃執筆され、どこの雑誌に発表されたものなのか、もしくは書下ろしなのか、皆目分からない。とはいうものの、「山蟹に呪はれた女」に登場する令嬢・お銀さまについて、作者が次のような記述をしている点に私は着目してみた。

〝藤色の薔薇の大柄裾模樣のお召しに、薄茶と燃え立つやうな紅色の染分けに、蝶の刺繍をしたお太鼓の帯、そして練絹の白足袋に、滲むやうな紅緒のフエルト草履-黒革のハンドバッグを持った二十二、三にも見える美人だ。〟

 

 

日本人作家が今自ら生きている現代の小説を書く場合に、国民誰しも食や衣服に不自由しているご時世、いくら吾妻富士の山深い温泉地に良家の娘を登場させるといっても、ここまでズレた感覚の優雅な装いに設定するだろうか。もちろん昭和21年に連載開始された横溝正史の「本陣殺人事件」が荒廃した当時の日本ではなく、内地が軍靴に荒らされる直前の昭和12年まで話の時間軸は遡っているように、「山蟹に呪はれた女」も女性のオシャレが許されていた数年前の内地を頭に浮かべて書かれた可能性が無いとはいえない。

 

 

それでも、(「女白波二代記」は明治初期の話だからともかく)「妖奇の船」と「山蟹に呪はれた女」に敗戦後の日本を匂わすような描写が一切見当たらないのは、妙に気にかかる。根拠の弱い妄想に過ぎないけれど、以上のような理由から、「もしかしてこれらの三篇は戦前に書かれたものなのでは・・・」と感じたのだが、真相や如何に?


 

 

 

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