2020年11月30日月曜日

『梅蔭書窩主人/久米延保遺稿集』

NEW !

非売品
1985年7月発行




★★★★★     久米徹 探偵小説選




久米徹/本名:久米延保     明治45年北海道生まれ  昭和60年逝去(享年73)

20歳の時(昭和7年)、処女作「K医学士の場合」が『サンデー毎日』大衆文芸賞に入選

もともと文学を志していたが世情悪化の為、歯科の道に進む

昭和16~33年の間は故郷の北海道上川郡、昭和34年以降は神奈川県川崎市に居住

 

 

この人もいわゆる幻の探偵作家なのに識者にさえ全く知られていないのか、書物でもネットでも言及されているのを見たことがない。私ごときのBlog紹介で僭越だが、彼の事が少しでも認知されるようになれば幸い。これは久米の一周忌に会葬者へ配布された俗に言う饅頭本であり、書店等で販売されたものではない。仕様は函入り/布表紙ハードカバーの本体がパラフインにて保護されている

 

 

K医学士の場合」  昭和7年『サンデー毎日』掲載

挿絵:竹中英太郎  四点収録

その医者は、酔った叔父から暴行されたという美しい箱入娘に「許婚にバレたら終わりだから堕ろしてほしい」と懇願される。しかし悲しいかな戦前の堕胎は刑法上の罪人になるので、度々の娘の頼みも素気無く拒否 。案の定、娘は海に入水して自殺。すると意外な事実が発覚し・・・。

 

 

「シネマが殺す」  昭和8年『サンデー毎日』掲載

挿絵:林唯一(本書には挿絵未収録)

ある映画を観た圭二と槙子。そのクライマックス・シーンをなぞるように兇器を握った怖ろしい賊が槙子を襲うのは何故?

 

 

「手 術」  昭和14年『新青年』掲載

挿絵:川瀬成一郎  三点収録

諸井巡査は、除村病院の院長が実は無免許だという事実を知らされる。ちょうどそれは諸井の大切な妹・千鶴が急性盲腸炎で除村院長の手術を受ける直前の青天の霹靂だった。手術を止めさせようとする諸井を除村院長は自信に充ちた言葉で説得してオペを開始。だが・・・。

 

 

「裁かれた人」  詳細不明

大下宇陀児ばりの、子供の目線を軸にした物語。希一少年はおきよの連れ子。希一の実父は既に無く母おきよは塩田耕作と再婚し、因業な耕作の両親に冷遇されている。希一は学校の先生との会話をきっかけに、それまで胸にしまいこんでいた疑問を母にブチまけ、不幸な境遇の理由を知ってしまう。これから少年の犯罪が始まるというところで残念ながら未完。

 

 

「銀座裏綺譚 ―〈北側の窓〉の失策」  昭和7年『漫談』掲載

酒場にて話しかけてきた客。彼は四年前に起きた実業家の新夫人服毒自殺の真相を語り出すが、それは何を意味していたか?

 

純粋に探偵小説と呼べる作品はここまで 

 

「情痴の果 ―不義の肉塊を斯くして殺した―」  昭和7年  発表誌不明

二十代の寺男が女中とデキて孕ませた一度目の赤子は遺棄、更に二度目の妊娠も死産。寺男が遂に捕縛される迄を描いた、ひねりの無いエログロ犯罪実話。

 

 

「六人殺傷事件の顛末(埼玉県日進村の惨劇)」  発表年/発表誌不明

これも創作探偵小説ではなく実話系。

 

 

「ぼうぶら物語」  発表年/発表誌不明

短い怪談騒ぎ噺の五本立て。

 

 

「色なき虹」  発表年不明  長崎新聞掲載(?)

映画小説とあるが、ブルジョワと平民/都会と田舎の格差があり、恋する相手が実は血がつながっていたり、いかにも当時の人が好みそうなメロドラマ。

 

 

「離 愁」  発表年/発表誌不明

昔好き合っていたふたりが再会してみると今はお互いお荷物な配偶者がいるので、不幸な現実から逃れたい気持でいっぱい。でも男は現実をかなぐり捨てて女を選ぶでもなく、本気で情死するつもりもなく・・・。

 

 

その他、小品短篇、エッセイ、詩、久米への追悼文、年譜が収められている。発行者は娘の久米攸子。



(銀) エッセイを読んでいると久米徹は戦前の雑誌『文学建設』にも関わっているらしく、『「文学建設」誌総目次』で確認したらそのとおりだった。遺族は本書作成の為に国会図書館等でかなり調査をしたそうだが、初出発表誌を見つけられない作品もあったという。


飛び抜けた個性には欠けているし、チープな犯罪実話にまで手を出しているのは惜しいが、この二十年間で二回しか見かける事がなく、多くの部数は作られていないであろう本書を運良く入手できたのは、自分にしては珍しく幸運だったと思う。内容的にはとても高評価に価するものではないけれど、久米徹の為にここまで立派な本を作り上げた家族や知友の愛情に感銘を受けたので満点にした。