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ちょっとした古書価格も付いていたサイコ・スリラア『鉄の門』の新訳版。北米での発表は第二次世界大戦が終了する1945年。戦勝国・敗戦国関係なく、人を殺すのが役目となる戦地では精神を病んでしまった兵士はどの国にも大勢いたというし、なによりマーガレット・ミラー自身が本作の数年前にノイローゼで病み入院した体験をしている。それはともかく・・・。
医者アンドルー・モローの現在の妻・ルシールが怪しい人物から渡された小さな箱。その箱に入っていたのは彼女を失踪そして精神科入院へと追い込む〝あるシンボリックなもの〟だった。それは彼女と何がしかの犯罪を結ぶ動かし難い証拠なのか?
本作は謎の解決にしても、理論上言い逃れのできない局面へ犯人を追い込む本格ミステリ定型の流れとは異なる構成をとっているのが興味深い。サンズ警部の存在は強力ではないがシンプルにサスペンス一色でもなく、ここに詳しくは書けないけれど、『鉄の門』というタイトルは第二部で苦悩するルシールの閉じ込められた病獄のことを意味しているのか、最後まで読むとこの物語の主眼が見えてくる。
アンドルー・モローの先妻ミルドレッド十六年前の死の事情をなかなか明かさなかったり、第二部で「ドグラ・マグラ」状態に陥ったルシールが誰も信用できずに錯乱する描写だったり、読み手の首根っこを掴んで離さない筆力は流石。同じパターンで何作も繰り返したら厭きるかもしれないけれど、ダークな物語へズルズル引きずりこむ本作の魔力には抗えない。なによりも4÷2=2 とは単純に割り切れぬ女のもつ複雑な心情や残酷さ、後妻として生さぬ仲を埋める事ができないルシールと(アンドルー以外の)三人の家族、表立って口にできない疑惑と憎悪の応酬が実にリアル。
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長い間つきあってても、週末会う時に昼は聖女のような笑顔を、夜は娼婦のような媚態を見せていたのに何のきっかけも無く突然「別れたい」などと言い出す。それこそ女というタチの悪い生き物の〝性〟(サガ)よな。
(銀) 江戸川乱歩は夢野久作「ドグラ・マグラ」を「私にはよくわからない小説」と評した。同じ精神病(院)を扱う探偵小説でも久作の超オルタナティヴな趣向とは異なり、本作はまだミステリの文法に沿って書かれているので、乱歩が好意的に紹介したのもむべなるかな。
他に精神病を扱ったもので、『狂人の世界より帰りて - 精神病全快者の手記』(1948年発行)という仙花紙本がある。著者の紀野親二という人は探偵小説『真珠と令嬢』『妖奇の船』(いずれも1947年発行)なる本を出した紀野親次とおそらく同じ人物だと思われるが、『狂人の世界より帰りて』は創作小説あるいはノンフィクション、そのどちらともとれるような実に奇妙な内容を孕んでいる。