2024年2月13日火曜日

『上を見るな』島田一男

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講談社 ロマン・ブックス
1959年7月発売



★★★    登場人物の跳ね過ぎる口調が難点




 どの本だったかウッカリ失念してしまったけれど、小林信彦が〝講談社版「書下し長篇探偵小説全集」の中では島田一男の『上を見るな』が良い〟褒めていた覚えがある。これが弁護士南郷次郎シリーズ第一作になるんだっけ。

ストーリーは彼の一人称で進行。島田一男の数あるシリーズものを私が読み尽くしていないからそう思うのかもしれないけれど、かつては学徒出陣兵として航空隊の一員になり、人生のうち最も楽しい筈の青年時代を御国のため奉公させられた世代のわりに、南郷次郎暗い影を全く感じさせない。この点について、あとで突っ込ませてもらう。

 

 

 

◉ 長崎の大地主・虻田家は複雑怪奇な血縁関係を成しており、遺産相続も容易ではない状況。また、虻田家所領地の一角は海上自衛隊砲撃訓練地として接収されそうな計画があって、虻田家と在住農民漁民は共に反対している。金庫部屋と呼ばれる自室に引き籠っている虻田家の当主・虻田一角斎老人は、落下物恐怖症という世にも奇妙な病気の持主。虻田家の一員である虻田弓彦に大学時代の学友として懐かしさを抱く南郷次郎は、東京に居を構えている虻田章司・剣子夫妻の依頼を引き受け、長崎へ発つ。

 

 

 

福岡の板付飛行場から列車に乗り替えて虻田家へ向かう途中、いきなり南郷はデッキで何者かに突き落とされそうになり、この弁護士が虻田家の問題に関与することを物語冒頭から犯人は既に熟知している気配が漂う。虻田一角斎の落下物恐怖症が何かしら関係しているのか解らぬまま、本作のタイトルに乗っかるような殺され方で、虻田家の人間や重要な目撃者の女性が次々と命を落とすのだが、疑わしい顔ぶれには皆アリバイがあり、犯人は簡単に尻尾を掴ませない。

 

 

 

◉ 「上を見るな」というタイトルが、最終的な核心に繋がっているかといえば、それほどでもないのが惜しいとはいえ、容疑の外にいた犯人へと徐々に辿り着くプロセスはよろしい。犯人の正体が暴露された時点で改めて序盤の部分をチェックしてみると、実は伏線が張られていたのがわかる構成も気が利いている。海上自衛隊砲撃訓練地のネタって、この物語にどれぐらい意味を持っているのかなあと訝りつつ読み進んでゆくと、最後にとんでもない結末が待っていたり。

 

 

 

ミステリとしての構造は良い。でも南郷次郎や南部刑事など、幾人かの登場人物の口調がチャラい・・・というと言い過ぎだが、いわゆるべらんめえ調なのは好きじゃないなあ。これは完全に私の偏食でしかないけれども、捕物小説やユーモア小説ではないのだから、探偵小説に描かれる登場人物の口調は、あまり跳ね過ぎていると全体の趣きを損ねてしまうことだってありうる。

 

 

 

 

(銀) 講談社版「書下し長篇探偵小説全集」は、


十字路』江戸川乱歩/『見たのは誰だ』大下宇陀児/
『魔婦の足跡』香山滋/『光とその影』木々高太郎/
『上を見るな』島田一男/『金紅樹の秘密』城昌幸/
『人形はなぜ殺される』高木彬光/『夜獣』水谷準/
『十三角関係』山田風太郎/『鮮血洋燈』渡辺啓助/
『黒いトランク』鮎川哲也


の十一冊から成る。『五匹の盲猫』角田喜久雄と『仮面舞踏会』横溝正史は未刊。初刊の函入り単行本は造本にあまり魅力を感じないため、同じ講談社の後発版であるロマン・ブックスで所有している。

 

 

上段でも述べたように、(それなりに明るいキャラ設定でもいいから)登場人物の口調さえ抑え気味にしてくれれば、本作は高評価にできるのだが。ただ、そういった装飾的なことに不満を感じないのであれば、何の問題もなく楽しめる内容である。

 

 

 

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