◗◖ 「鮮血の街 ―赤靴イワン物語― 」
北満の小巴里と云われた哈爾浜(ハルビン)に巣食う白系露人ギャング。
◗◖ 「万国寝台車(ワゴンリー)」
巴里を出発、満洲里を経て一路哈爾浜へ向かう国際列車。麻薬密輸業者はどいつだ? 哈爾浜屈指の富豪・梅紅玉夫人という謎めいた女性は何者?鉄道ミステリ・アンソロジーに入れてもよさそうな一品。後味のいい結末。
◗◖ 「霧海の底」
東洋の避暑地・芝罘港口で爆沈された安南(アンナム)王国の海防艦ホンコーヘ号には金貨・金塊、そして膨大な宝物が積まれていた。それをサルベージして一山当てようとする潜水夫のサブたち。だが彼は海の底で悪夢のような光景を目にする。
◗◖ 「芍薬の墓」
北満の小興安嶺にある大砂金区には採金を目的とした日本の施設が立地し、七人の日本人と一人のオロチョン少年が占有していた。顔ぶれの中にひとり色香を放つ女医がいて、男たちは彼女のカラダを欲しがっている。そこに次々と連続殺人が発生。犯人は誰か?もしも私が本書の中から探偵小説のアンソロジーに一篇選ぶとしたらこれかな。
◗◖ 「太陽の眼」
樺太に向け大陸を流れる極寒の黒龍紅(アムール川)。永安号の船長である紫堂は日蝕観測隊を載せるよう徴用され、その隊は漢・中・露を中心とした様々な国の人間で構成されている。ここでも船上で隊員の謎の死が。幻夢のような日蝕の表現の仕方など、この辺の島田作品には小栗虫太郎の影響もあるのでは?と、なんとなく思ったりする。
◗◖ 「狼頭歓喜仏」
ロシア革命期の1921年秋、満蒙国境で主人公・水戸の属する外人部隊を含む白軍は赤軍によって壊滅させられてしまった。生き残った女参謀ニーナそして傭兵の野見と水戸は沈哈爾廟へ逃走。そこでニーナと野見は彼らの体内仏を盗もうと企んだ。狼、コワイ・・・。
◗◖ 「黒い旋風」
ペスト菌を持った鼠の大繁殖により新京が死の街と化してしまう、昭和・平成と違って令和の今読むと非常にタイムリーでもあり肌に粟を生ずるような短篇。ただ単にパニック譚でもなければ「赤き死の仮面」のように詩的でもなく、後半にはミステリ色を注入しているのが面白い。これは『外地探偵小説集 満洲篇』(せらび書房/2003年刊)にもセレクトされていた。
◗◖ 「妖かしの川」
本書の中で、これだけは〝大陸〟と関係のない内容。妻とは元々押し付けられた結婚だったし、自分には不貞の相手もいるし、川に浮かぶボートを転覆させ憎しみを抱いていた妻を葬り去った毛内甚九郎。倒叙ものとしてケリがつくと思ったら・・・???
大物のわりに島田一男が再評価されない理由のひとつは、小器用過ぎて「これぞ島田一男!」と呼べるような個性が感じられないことか。冒頭でも述べたとおりシリーズものがあまりに多すぎるし、各探偵キャラの職業色が出過ぎて二時間ドラマの原作に使うにはベンリかもしれないけれども、読書の対象たる探偵小説として見ると何かが欠落している。その意味では今回取り上げたノン・シリーズ短篇のほうが、シリーズものよりもずっと探偵小説の魅力がある気がして。
もれなく文庫に入るなどの再発はなぜかされてないみたいだが、この手のノン・シリーズ短篇を集めた島田著書は新書サイズだと本書『鮮血の街』の他にも『夜の火花』(桃源社・ポピュラーブックス/1972年刊)『地獄の歌姫』(桃源社・ポピュラー・ブックス/1978年刊)、そして山前譲が編纂した『夢魔殺人事件』(青樹社BIG BOOKS/1998年刊)で読める。収録作品が重複しているものもあるけれど、すべて読みたければ四冊とも揃える必要あり。
(銀) 大陸書館は近日中に「島田一男大陸小説集」(全三巻予定)を出すという。それらは各巻ともオリジナル編成らしく『鮮血の街』からもセレクトされているようだ。
〝大陸〟といえば思い出すのが上記で触れた せらび書房 。『外地探偵小説集』の四冊目は大陸篇になると予告され、ず~~~っと待ち望んでいたのだけど、もう新刊を出してないみたいで本当に残念。『外地探偵小説集』は内容だけでなく装幀にも魅力があって、せらび書房の本は好きだったのにな。